Friday, August 11, 2023

「遠慮があった」「手を付けられず」と林真理子・日大理事長の ... - 東京新聞

 日本大の林真理子理事長が8日に会見した。過去に悪質タックル問題があったアメリカンフットボール部で薬物事件が起きたためだ。「またか」の落胆が広まる中、アメフト部などのスポーツ部門に「遠慮があった」「手を付けられず」と述べた。「その意識でいいか」と思う一方、理事長が何にどこまで関わるべきかという命題も浮かび上がる。そこで「遠慮」発言から、大学トップのあるべき姿勢を考えた。(西田直晃、木原育子)

◆またアメフト部 大学全体のイメージ悪化も懸念

 「就任してから、スポーツの方は遠慮があり、そちらに手を付けられなかった。文系の方々とは親しく話せても、スポーツ関係とは距離を置くというような私の心理があった。スポーツの方は後回しにしていたのは事実であります」

 8日の会見で学長や副学長とともに出席した理事長の林氏。最終盤に大学の問題を問われると、自らの「遠慮」を口にした。

 「一番重たい問題を抱えていたのはスポーツの分野ということを皆さんの質問で認識した」と述べつつ、アメフト部に関しては「非常に優秀と聞いているコーチ、監督がいたので、そういう方に任せておけば大丈夫ではないかと安易な気持ちがあった」と漏らした。

8日、記者会見で謝罪する日本大の林真理子理事長(左)ら

8日、記者会見で謝罪する日本大の林真理子理事長(左)ら

 同部は2018年、関西学院大との定期戦での「悪質タックル」が社会問題化した。監督が絶対的な存在として君臨する不健全な上下関係があらわになった。

 理事長だった田中英寿氏が会見を開かなかったことも手伝い、世間からは大きな批判が湧き上がった。悪質タックルの経緯を調査していた第三者委員会は「十分な説明責任を果たすべきだ」と指摘したが、田中氏は定期戦から3カ月後、大学の公式ホームページに謝罪コメントを掲載するにとどまった。

 あれから5年。またアメフト部を舞台にし、騒動が起きた。薬物事件で現役部員が逮捕される事態に発展した。世間から湧き上がる猛バッシング。もはや「一つの部の話」では完結しない。学生からは、大学のイメージが再び低下すると懸念の声が上がっている。

◆「林氏に権限は与えられていなかったのかも」

 大学の規模が大きいだけに、広がる波紋も大きくなりうる。

 日大広報課によると、今年3月時点での大学の卒業生は実に約125万人。23ある付属校を含めた現役の学生・児童生徒は9万5000人超。日本最大規模の学校法人で、そのトップが理事長の林氏だ。

  日大経済学部のOBの一人が、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の検証で知られるジャーナリストの鈴木エイト氏。「知名度があるので、お得感のある大学。著名人も多く、社会人になれば横のつながりが重宝する」と話す。

日本大の本部=東京都千代田区で

日本大の本部=東京都千代田区で

 「遠慮」を口にした林氏についてはこう語る。

 「スポーツ部門に切り込むために理事長になったはずなのに『やっぱりだめだ』と世の中に思わせてしまった」と語り「歯にきぬ着せぬ発言をしてきた人だからこそ、残念だ」と続けた。

 一方、大学ジャーナリストの山内太地氏は「表に出ない権力のある人が、知名度が高く、クリーンな林氏をトップに据えれば、ブランドイメージを回復できると考えたのでは。でも、林氏に権限は与えられていなかったのかもしれない。ならば、同情の余地はなくはない」と話す。

 そもそも日大は「キャンパスが多く、連邦国家のよう。統制を取るのが難しい」と指摘し、林氏が遠慮したというスポーツ部門も「独立国化しており、他者が関与できない状況だったのでは」と推し量る。

◆「会見で言及した『教育的配慮』は学校の領分を超えていないか」

 日大は組織改革の最中だった。悪質タックル問題に加え、前理事長らの刑事事件など不祥事が相次いだ。新体制で昨年7月、理事長に就任したのが、学校運営経験のない日大卒で直木賞作家の林氏。週刊文春に「日大変えたる」と題するエッセーを発表していた。

 その林氏は学内のスポーツ部門に「遠慮があった」という。アメフト部では薬物事件で逮捕者が出た。ただ、林氏がアメフト部と距離を取った間の対応は評価が難しいところでもある。

8日、記者会見した日本大の林真理子理事長

8日、記者会見した日本大の林真理子理事長

 昨秋には部員の一人が「大麻らしきものを7月に吸った」と指導陣に申告した。物証がなく、厳重注意で済ませた。この情報は同大幹部のうち、担当だった元検事の沢田康広副学長まで届かなかった。

 元東京地検特捜部検事の郷原信郎弁護士は「この時点で副学長に報告しても、大学として同じ対応になっていたのでは。押収物もないのに、大学側の立場で学生の捜査を警察に要請するのは難しい面もある」。

 その後、警視庁からの情報提供を受けた沢田副学長らは今年7月6日、アメフト部の寮を調査。逮捕された部員の部屋から植物片のようなものが見つかった。警視庁に連絡したのは18日。沢田副学長は会見で「学生に反省させて自首させたかった」と述べた。

 京都大の駒込武教授(教育史)は「会見で『教育的配慮』という言い方をしたことに強い違和感を覚えた」と語る。その配慮が学校の領分を超えていないか疑問視し「大学が捜査機関化してしまう可能性があった。そうしないために警察にすぐ通報すべきだった」。

◆トップダウン徹底か、「役割分担」で任せるべきか

 さまざまな議論がある日大の対応。ここに至るまで、理事長の林氏はどう振る舞うべきだったのか。

 私立大の理事長は大学経営のトップという立場。人事や予算などを主導する。私立学校法では「学校法人を代表し業務を総理する立場」とされ、教育や研究の取りまとめを担う学長より強い権限を持つ。

 その林氏は遠慮することなく、アメフト部の状況把握を続け、異変を察知したら即介入、という態度を取るべきだったのか。巨大組織ゆえ、役割分担を重く捉えるべきか。

 同志社大の太田肇教授(組織論)は「一般的には理事長の立場の人間が前面に出てくると、現場と溝ができる恐れがある」と述べ、トップダウンがもたらす萎縮を危ぶむ。

 今回は学生の事件。「理事長が出てこなくても学長の対応で十分だし、他大学ならここまでになっていない。事態が大きくなり、日大は改革の途上でもあり、理事長が出て説明する必要性が大きくなった」

家宅捜索を終え、日本大アメリカンフットボール部の寮を出る警視庁の捜査員ら=東京都中野区で

家宅捜索を終え、日本大アメリカンフットボール部の寮を出る警視庁の捜査員ら=東京都中野区で

 それぞれの組織、それぞれの役職者が自らの役目を果たすべきだった、という考え方もある。

 思想家で神戸女学院大の内田樹名誉教授は「大学はある種のアジール(避難所)的な場所。アカデミアとして、世俗の常識とは違うという自治運営の面がある」と述べる。ただ「当然、学外と地続きでつながっており、どこまで特別視するかという面もある」と慎重に語る。「戦前の高等教育は学生に自由と裁量を与え、その分、自立を求め、成熟させるやり方だったが、高等教育が大衆化し、ある程度、学生を管理しないと成り立たなくなっている」

 大学トップの振る舞い方、あるべき姿は一口で言いがたい。そんな中、文部科学省の中央教育審議会委員などを歴任した筑波大の金子元久特命教授は「日大だけではなく、巨大組織のアカデミックなガバナンスをどうしていくかは日本全体の問題だ」と語る。日大同様、他校のスポーツ部門でも「不祥事が外に出にくい」と続け、透明性を高めるすべを丁寧に議論する必要があると説く。

◆デスクメモ

 日大は巨大組織。膨大な案件を抱えるだろう。優先順位を付け、役割分担し、人材配置する。理事長に求められるのはそんな判断では。一人で何でもできないから。ではアメフト部への対応はどうか。一運動部。世間の目。刑事事件。萎縮に管理。自分ならこうすると答えが出せずにいる。(榊)

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