作成日時:2023年1月16日12時
執筆:株式会社伊藤忠総研 上席主任研究員 髙橋尚太郎 氏
目次
▼米国経済は停滞、ただし景気の腰折れは防がれる見込み
▼注目点1:FRBの過度な金融引き締め懸念
▼注目点2:議会の混乱と債務上限問題
米国経済は停滞、ただし景気の腰折れは防がれる見込み
2023年の米国経済は、これまでの大幅利上げの影響が本格化し、停滞することが見込まれる。住宅市場は、既に販売や建築着工の件数が2021年の水準を20%程度下回る程度まで大幅に減少しているが、今後も住宅ローン金利の高止まりを受けて低迷が続くとみられる。また、企業は、財(モノ)を中心とした需要鈍化懸念からマインドが大幅に悪化しており、借り入れコストの上昇も加わって設備投資の増勢は鈍化する見通しである。さらに、企業の労働需要も、景気悪化の影響が広がる中で減退方向にある。このため、良好な雇用情勢に支えられてきた個人消費は、次第に減速していく公算が大きい。2023年央にかけては実質成長率が0%程度に近づき、マイナス成長となる局面も出てくると予想する。
ただし、雇用情勢の悪化は深刻なものとならず、米経済の柱である個人消費が大幅な減少に陥ることはないと見込む。これは、米国では、新型コロナの後遺症や高齢者層の早期リタイアの影響で労働参加率がコロナ禍前に戻りきっておらず、企業が採用意欲を急激に弱めることはないとの見通しが背景である。また、家計には、コロナ禍で過剰に蓄積された家計貯蓄、いわゆる「強制貯蓄 」(※1)が残っており、2023年後半頃までは個人消費を下支えすることが期待される。さらに、国際商品相場の上昇一服や世界的な供給制約の緩和により、2023年はエネルギーや財(モノ)の価格の上昇率が大幅に低下し、サービス価格の伸びもある程度鈍化することが見込まれている。このため、FRBは、2023年冬頃にはインフレ抑制への目途がついたとして、景気悪化に配慮して利下げに踏み切る可能性もあろう。これらを踏まえて、2023年に米経済が深刻な景気後退に陥ることはないというシナリオを予想する。
注目点1:FRBの過度な金融引き締め懸念
2023年の米国経済にとっての注目点として、まずは、FRBの金融引き締めが景気を冷やしすぎる「オーバーキル」の懸念が挙げられる。FRBは2022年3月に利上げを開始し、金融政策が経済に及ぼす影響を十分に確認する余裕がなく、急ピッチで利上げを続けてきた。また、高インフレが定着することへの警戒感や金融環境が緩和することへのけん制のため、政策金利のピークを高めにする方針がFRB内で優勢となってきたとみられる。2023年にかけても利上げが続く方向にあり、インフレ抑制に必要な水準を超えて金融引き締めが進む、あるいは利下げに転ずるタイミングが遅れる可能性がある。
金融引き締めの影響が強まり、米経済が過度に抑制された場合、エネルギー価格の上昇など外的なショックに脆弱な状況となる。また、労働需要も早いペースで減退することで、労働者の職種転換が円滑に進まずに、雇用情勢の悪化が深刻化する可能性も無視できない。さらに、2022年11月の中間選挙により2023年からはねじれ議会となり、景気下支えに対して即効性のある財政支援の与野党の一本化に手間取ることが見込まれる。米経済がソフトランディングするパスが狭まっている中で、金融政策の誤りが米経済にとって大きなリスクとなろう。
注目点2:議会の混乱と債務上限問題
米国経済にとってのもう一つの注目点は、議会の混乱だろう。前述の通り、2023年からねじれ議会となり、与野党の対立が激しいもとで内政は停滞する見込みである。さらに、共和党は、下院において僅差で多数派となったことで、極端な意見を持つ一部議員(※2) の声を聞く必要が生じつつある。実際、早くも2023年1月上旬の下院議長選出において、共和党内で造反が相次ぐなど大混乱が生じた。これら議員の今後の要求は、民主党が重視する社会保障の歳出削減などに加え、これまでは超党派で合意してきたウクライナへの支援削減にさえも及ぶ可能性がある。
そうした中で、今後の大きな焦点となるのは、債務上限問題だろう。米国債の発行上限額を定めた連邦債務上限は現状で31.4兆ドル(※3)であり、2023年中にも連邦債務残高がその上限に抵触すると見込まれている。このため、米議会は取り急ぎ債務上限の引き上げ等の対応を進める必要があるが、共和党が党内の意見をまとめつつ、民主党と現実的な話し合いに応じるか非常に不透明感が高い状況といえる。もし、2011年の際のように米国債のデフォルト懸念が高まり、米国債の格下げにまで至れば、米国経済だけでなく世界の金融市場の混乱につながることは避けられない。留任が見込まれるイエレン財務長官の手腕、また今後の共和党内のパワーバランスの変化を注視すべきだろう。
※1 コロナ禍の政府による現金給付などの恩恵により、米国の家計には、2022年冬時点でも、過剰貯蓄(コロナ危機前であれば実現されなかっただろう貯蓄)が少なくとも1兆ドル(名目GDP比で約4%)は残る試算。
※2 トランプ前大統領を支持する「MAGA(Make America Great Again)議員」や、財政規律を強く重視する共和党の下院議員連盟「フリーダム・コーカス」が挙げられる。
※3 2021年12月に成立した債務上限引き上げに関する法案により定められている。
ドル円チャート(出所:外為どっとコム 「外貨ネクストネオ」)
髙橋 尚太郎 氏
2005年日本銀行入行、国際経済調査や金融市場調査等に従事。
2017年有限責任監査法人トーマツ入社、マクロ経済分析サービスやリスク管理アドバイザリー等のプロジェクトに従事。
2019年伊藤忠商事入社後、伊藤忠総研へ出向。
東京大学大学院情報理工学系研究科修了。London School of Economics and Political Science(LSE)経済学修士課程修了。
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