短編小説は読み始めた瞬間にその未知の世界に飛び込めるから好きだ。なんだかよくわからなくても、そこには人間がいて、世界が存在し、できごとは動いている。鮮烈なその経験によって、私は多くの世界への扉を開かれてきた。
このアンソロジーのタイトル『ヌマヌマ』は、ロシア文学を翻訳してきた沼野充義、沼野恭子夫妻の名前から。異彩を放つ 装幀 をさらに超える個性的な短編が 揃 っている。ロシア文学というと近代の大作家のイメージが強いが、この12編は最も謎めいて不条理ともいえる「現代」を描く、1979年から2010年に発表された短編。ソ連時代は出版を禁じられていた作家もいる。突如展開するSF的な光景に感覚を揺さぶられたと思ったら、繊細に描かれる生活と記憶から過去や人生に思いを 馳 せたり。どの作品も比喩や構成が 緻密 であり、極端なユーモアと過剰なほどのアイロニーに驚嘆したり爆笑したりしつつ、言葉や文学によって世界や人生と 対峙 しようとする強い意志や 聡明 さを感じる。
社会の激変、圧政や経済の混乱などを経験してきた作家たちが 綴 った短編は、あまりに 混沌 とした現実にあって、なんとかそこにある何かをとらえようと言葉で表してきたものなのだと圧倒される。短編小説は特に、現実に手を突っ込んでつかみ取ってきたような生々しさが不意に迫ってくることがある。遠い世界、違う文化で生きる人々の話だと読んでいたら、以前読んだディストピアSFが今読むとリアルに感じられるように、笑っていられない、身に迫ってきて落ち着かない瞬間がやってくる。多くのロシア文学を紹介してきた「ヌマヌマ」による解説が各編ごとにあるので、時代背景などと合わせてじっくり考えることもできる。
時速700キロの旅がとんでもないことになる「超特急『ロシアの弾丸』」と、子供時代と母の思い出を誰かの伝記のように回想する「バックベルトの付いたコート」が特に好きだった。
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からの記事と詳細 ( 『ヌマヌマ はまったら抜けだせない現代ロシア小説傑作選』沼野充義、沼野恭子編訳(河出書房新社)3520円 - 読売新聞 )
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