プロ野球・巨人の投手チーフコーチ補佐に就任した桑田真澄さんが1月12日の記者会見で「たくさん走って、たくさん投げるという時代じゃない」と「スポーツ科学」に基づいた指導をする意向を表明。それに対し、巨人OBの張本勲さんがテレビ番組で「何を言っとるんじゃ」と桑田コーチ自身には期待しつつも、指導方針に異を唱えたことが話題になっています。 張本さんは走り込みや投げ込み、打ち込みを重視する考えを普段から表明しています。桑田さんも後日のテレビ番組では「(投手が練習で投げる球数は)当然増える」と発言しているものの、張本さんとはやはり、考えが違うように思えます。 「たくさん走って、たくさん投げる」の是非について、一般社団法人日本スポーツマンシップ協会理事で尚美学園大学准教授の江頭満正さんに聞きました。
「体は酷使すると壊れる」体験した桑田氏
Q.プロ野球においては「たくさん走って、たくさん投げる」という時代ではないのでしょうか。時代が変化しているとしたら、その理由と変化した時期、きっかけを教えてください。 江頭さん「『スポーツ障害』という概念が広く認知されたことにより、長時間の練習や過剰なトレーニングは故障(けが)につながると知られるようになりました。私の調べた範囲では、朝日新聞には1970年2月に初めてこの記述があり、その後、1985年に東京・西新橋の東京慈恵医科大学付属病院にスポーツ専門外来が新設されました。この開設がスポーツ障害が認知されるきっかけになったと考えられます。それ以前は『長時間の練習にこそ効果がある』と信じられていました。 スポーツ障害は15歳以下で特に起きやすく、過剰な練習が成長期の体に問題を起こすと考えられています。プロ野球選手は18歳以上ですので、15歳以下の子どもたちよりも危険性は下がっているものの、過剰な練習が故障に直結するのは既に常識となっています」 Q.桑田さんは現役時代にかなり、走り込みや投げ込みをして成績を残したとの見方もあります。それが事実であれば、その桑田さんがなぜ、「時代じゃない」という発言をしたのでしょうか。 江頭さん「桑田さんの著書『心の野球 超効率的努力のススメ』にはこのような記述があります。 『どうやって23年もプロ野球選手としてプレーすることができたのか。(中略)皆さんのなかには、僕はがむしゃらに努力していたような印象があるかもしれない。でも、真実は違う。(中略)むちゃな練習は決してしなかった。その代わり23年間、毎日毎日、1日10分とか15分、小さな努力を続けてきたのだ。(中略)決して量ではない。よくいわれるような汗と血の結晶がプロ野球選手を生むわけではない。一番大事なのは質。超効率的に、そして超合理的に練習し、努力することで僕は生き残った』 PL学園時代から、『がむしゃらな練習』はしてこなかったというのです。1年生の頃からレギュラーだったために、根性論の時代にありながら、長時間練習の対象選手にならなかったのでしょう。桑田さんの高校時代は練習量が重視される時代でしたが、プロ入りした1986年は慈恵医大のスポーツ専門外来が新設された翌年で、『多過ぎる練習はけがにつながる』と“常識”が塗り替えられるタイミングでした。 そして、1995年、桑田さんは小フライ捕球の際に右肘を強打したのが原因で2年近く、1軍のマウンドを離れます。このけがの手術をアメリカで行っています。当時、ピッチャーの肘に関する権威だったジョーブ博士の執刀による手術は、それまで酷使してきた肘の靭帯(じんたい)を治すものでした。ジョーブ博士の診断によると、桑田さんの靭帯は限界だったため、小フライの捕球程度で大きなダメージを受けたというものでした。 つまり、桑田さんの肘は酷使した結果、プロ入り10年で限界に達してしまったのです。『むちゃな練習はせず、小さな努力を続けた』といっても、やはり、右投げの投手として右肘は酷使していたのでしょう。手術は成功し、その後も活躍を続けますが、このけがを通して桑田さんは『体は酷使すると壊れる』という体験をしたのです。ですから、今回の『時代じゃない』という発言につながったのだと思います」 Q.張本さんの発言は科学的指導を否定しての発言と思われますか。それとも、科学的指導を尊重しつつも「やはり、厳しい練習が必要だ」との考えでしょうか。 江頭さん「張本さんはプロ野球選手を1981年に引退しています。つまり、『スポーツ障害』という概念を知らずに現役生活を終えていることになります。ですから、張本さんにとっては、練習量がいい選手を生むということが正解なのでしょう。 当然、張本さん自身も厳しい練習を経験してきたと思われます。ピッチャーだった桑田さんと異なり、野手として3000本以上のヒットを打った張本さんは過酷な練習によって、体の一部が集中して消耗することはなかったのでしょう。現役時代に大きなけがを経験していません。張本さん自身の成功体験は厳しい練習でもけがをせず、1959年から23年間、プロ野球選手として活躍できたことにあります。ただ、2021年の現在とはスポーツの練習方法が全く異なる時代です」 Q.学校の部活動の世界ではかつて、根性論がまかり通っていました。今でも練習量を重視する指導者はいます。学校スポーツの世界では今も「たくさん走って…」が主流なのでしょうか。 江頭さん「文部科学省が策定したスポーツ基本計画(2017年)には、学校部活動に関して『生徒の発達段階等を考慮した練習時間・休養日の設定や(中略)学校教育の一環として、生徒がスポーツに親しみ、生徒の責任感や連帯感を養う上で、重要な活動として教育的意義が高いことを踏まえ、運動部活動における指導力の向上や指導体制の充実を図る』という記述があります。『たくさん走って…』が起きないようにするための記述と考えるのが自然でしょう。学校部活でも、過剰な練習はしないのが今は主流です」 Q.海外のスポーツの傾向はどうなのでしょうか。 江頭さん「例えば、オーストラリアのスポーツは『根性』とは無縁だと思います。スポーツは試合(GAME)をすることが中心です。練習に費やす時間と試合をする時間は同程度です。日本の学校部活の活動時間は90%以上の時間を練習に費やします。場合によっては、高校3年間、一度も公式戦に出場することなく終える生徒も存在するほどです。 オーストラリアでは、試合のための練習ですから、かなりの頻度で試合が行われます。プレーヤーの人数が足りない場合には、対戦相手のチームから『助っ人』を借りて試合を行うことも日常的に行われています。日本の高校野球では考えられないことでしょう。スポーツは遊びであり、楽しく試合をすることという考え方です」 Q.「走り込みや投げ込み」重視か、「科学的指導」重視か、これからの時代のスポーツ界はどうあるべきなのでしょうか。 江頭さん「過酷な練習が故障の原因となることは今や常識です。体を壊す可能性がある練習はすべきではありません。人間の体も機械と同様に使用の限界が存在します。適切な『量』には個人差もあります。さまざまな技術を使って、科学的に、自分に最も適した練習量や練習内容を判断する時代になるべきです。そして、練習試合を中心としたメニューにして、試合の中での駆け引きや戦術、勝負の分かれ目、勢いや流れなど技術以外のスキルも上げていくべきでしょう」
オトナンサー編集部
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