第二次世界大戦末期に起こった深刻な食糧危機。この「オランダ飢餓」とも呼ばれる危機の影響による病的な形質が、子世代はおろか、孫世代にまで"遺伝"している可能性があることについて、前回の記事でご紹介した。
遺伝子には、ヒストン修飾やDNAのメチル化などによって、その発現が制御されていることがわかっていたが、ある個体が得たエピジェネティクな変化は生殖細胞へと伝えられることはなく、子孫には伝わらないというのが従来の理解だった。
母体が「オランダ飢餓」から影響を受けた子供や孫に現れた病的な形質は、エピジェネティクな変化によるものなのか? 「エピジェティクな情報の子孫への遺伝」について、引き続き、考察してみたい。
前回:"遺伝"するRNAーー孫世代まで引き継がれた「オランダ飢餓」の記憶(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/95790)
世代を超える記憶
さて、話を「オランダ飢餓」に戻そう。まず、母親の飢餓状態の子世代への影響であるが、これは胎児期において形成されたエピジェネティクなクロマチン状態がその後も維持された結果であることが、近年の研究から強く支持されている。
2014年にはオランダ・ライデン大学のグループが、胎児期に母親が飢餓を体験した48人のゲノムDNAのメチル化状態を大規模に調査した。
その結果、DNAメチル化状態に異常が見られた領域が181個みつかり、それらに影響されると考えられる遺伝子の多くが成長促進や臓器形成などの発生に関するものだった。また、メチル化状態の異常は、過剰なDNAメチル化、つまり遺伝子の発現が抑制される方向のものが多数を占めていた。
こういったDNAメチル化の異常はLDLコレステロール値と相関があり、肥満の原因になっている可能性を示唆していた。さらに興味深いことに、こういったDNAメチル化の異常は、妊娠初期に母親がひどい飢餓を経験した人で顕著であり(図5)、妊娠中の特定の時期にエピジェネティクな細胞の状態が決定されることも示唆された。
これらは妊娠中のストレスが子宮の中の胎児に影響をあたえる仕組みを説明していたが、では、孫の世代でも見られた影響とは何だったのだろうか?
伝統的には、体細胞で起きたエピジェネティク修飾は生殖細胞へは伝わらず、受精卵では初期化された状態で維持されていると想定されていた。2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥が開発した多能性を持つiPS細胞においても、細胞の多能性とエピジェネティクな修飾の減少は相関が認められている。獲得されたエピジェネティクな情報が世代を経て伝達されることはほとんどないと、信じられていた。
しかし一方、持っている遺伝型とは独立して、親世代の形質が次世代へ伝わっているように見える現象は、実は多くの生物種で古くから知られていた。たとえばエピジェネティクスという言葉を提唱したことで知られるコンラッド・ウォディントンは、ショウジョウバエに化学物質や熱ストレスをあたえ続けるとハネの模様が変化し、それは世代を経るうちにストレスがなくても変化するようになることを1940~1950年代に報告している。
この古典的な例は、厳密にはDNA配列の変化をともなった遺伝的な変異か、あるいは獲得したエピジェネティクな情報が後代に伝わったのか峻別できていなかったが、2010年を前後してこういった「獲得形質の遺伝」の分子機構が本格的に明らかとなっていった。
からの記事と詳細 ( "遺伝"するRNAーーエピジェネティクな変化は世代を超えるのか?(中屋敷 均) - 現代ビジネス )
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