《特殊な火災に対しては、防火・避難対策等により十分な安全性を確保することは容易でなく、規制的な手法は社会への負担が大きい》
26人の命が奪われた大阪・北新地のクリニック放火殺人事件を受け、総務省消防庁などが立ち上げた有識者会議。6月にまとめた報告書は、多量のガソリンを使った想定外の事件を「特殊な火災」ととらえ、事件を機にガソリンの販売規制を強化するのは、国民の利便性などから避けるべきだと結論付けた。
ガソリンは揮発性が高く、ひとたび引火すれば爆発的に燃焼する。消防庁が大阪府警の協力を得て実施したシミュレーションによると、谷本盛雄容疑者=死亡、当時(61)=が放火した待合室の温度は約20秒で500度近くまで急上昇し、黒煙で視界がほぼゼロになったと推定される。
ガソリンを使った放火事件は場合によって多数の死者が出る。36人が犠牲になった令和元年7月の京都アニメーション放火殺人事件を受け、消防庁は省令を改正。小分け販売時には身元と使用目的を確認することを義務付けた。
しかし、谷本容疑者はガソリンスタンド(GS)で「バイクやトーチランプの燃料に使う」と噓の説明をして身分証を示すなどし、あっさりと30リットルも購入していた。「悪意」を持った人に現行規制は実効性がなかったにもかかわらず、規制強化の方向性は打ち消された。
谷本容疑者の手に渡ったガソリンのように、日用品は「悪意」が絡むと時として凶器になる。
今年7月、安倍晋三元首相を銃撃し、逮捕された山上徹也容疑者(42)=鑑定留置中=は、金属製の筒などを組み合わせて銃を自作。火薬に使う硝酸カリウムは、ホームセンターで一般的に売られている農作物用の肥料から取り出したとみられている。
自動車のバッテリー液に用いられる硫酸、トイレ用洗剤に含まれる塩酸は、いずれも金属も溶かすほど強い酸で、やけどや失明のリスクがある。熱中症対策に使われる瞬間冷却剤の主成分である硝酸アンモニウムは、火薬の原料とすることも可能だ。
警察はこれらの化学物質を原料のまま販売する業者に対し、購入者の身元や使用目的などの確認を求めている。だが、「日用品から成分を抽出することまで防ぐのは無理」(捜査幹部)なのが現状だ。
北新地の事件後、ガソリン販売のさらなる規制強化を求める声が出た。大阪市の松井一郎市長は市内のGSに小分け販売自粛を要請。市消防局も購入実績のない客に小分け販売しないよう協力を求め、車やバイクの給油を除く販売を中止するGSもあった。
ただ、ガソリンの小分け販売は発電機や農機具の燃料などニーズがある。悪意があれば車からガソリンを抜き取ることもできる。有識者会議は報告書でこうした理由も挙げ、生活必需品であるガソリンの販売について、現行規制の《適正な運用を徹底することに取り組むべきである》とした。
日本大危機管理学部の福田充教授は「社会が一定の利益を確保するためには、ある程度のリスクと共存しなければならない」と指摘する。車や刃物は凶器になり得る半面、生活必需品であるがゆえに購入に厳しい規制があるわけではない。たとえ規制を強化しても抜け道があれば、いたちごっこになってしまう。
「まずは抜け道となりやすいインターネット販売の法整備などから進めることが現実的だ」。福田氏は地道な一歩を提言する。
からの記事と詳細 ( 【盾はあるか-北新地放火1年】㊥凶器となった生活必需品 「悪意」規制難しく - 産経ニュース )
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