Wednesday, February 22, 2023

「北朝鮮は本当に狂っていた。でも、このアメリカほどではなかった」キャンセル・カルチャーなど過剰な社会正義が横行するアメリカ社会の闇 - ダイヤモンド・オンライン

 1993年に、中国と国境を接する鴨緑江に面した北朝鮮北部の街・恵山に生まれたパク・ヨンミは、幼い頃は恵まれた境遇だったが、闇商売を行なっていた父が密売の罪で逮捕され刑務所(重罪犯用の教化所)に送られたことで一家は困窮、2007年、ヨンミが13歳のときに母とともに中国に逃れた。だが、タダで国境を越えられるなどというウマい話があるわけはなく、母は約65ドル(1万円以下)、ヨンミは約260ドル(3万円超)で人身売買業者に売られてしまった。

 その後のヨンミの人生はまさに「事実は小説より奇なり」で、ギャングのボスに見染められて情婦となり、人身売買ビジネスを手伝いながら農村花嫁として売られた母を買い戻し、北朝鮮に残した父を中国に呼び寄せたものの、そのとき父は末期の大腸がんで、ほどなく死んでしまった(このときまだ15歳)。

 2008年の北京オリンピック開催で人身売買への国際的な批判が高まると、ビジネスに行き詰まったギャングのボスはヨンミと母を解放し、2人は青島にあるキリスト教の避難所に身を寄せて韓国を目指す。

 とはいっても、身分証のない脱北者は中韓の国境を超えることができず、宣教師の支援で厳寒のゴビ砂漠の国境を徒歩で越えてモンゴルに渡るしかなかった。ヨンミたち一行は凍死する寸前にモンゴルの国境警備兵に発見され、09年に韓国での定住が認められた。ヨンミは小学生レベルから懸命に勉強して大学に通うようになり、14年にアメリカに留学した。

 その年、ヨンミはダブリンで開かれた国際会議「ワン・ヤング・ワールド・サミット」で自らの過酷な体験を語って注目され、BBCなど多くの国際メディアからの取材を受けると同時に、北朝鮮からは「人権プロパガンダのあやつり人形」と批判された。それでも、北朝鮮の圧政や中国で行なわれている人身売買について、体験者である自分が声をあげなければならないとして、翌15年にその数奇な運命を英語で出版した(邦訳は『生きるための選択 少女は13歳のとき、脱北することを決意して川を渡った』〈満園真木訳、辰巳出版〉)。

 回顧録に書かれているのはここまでだが、その後、ヨンミはバーナード・カレッジを経て16年に名門コロンビア大学に入学し、アメリカ人の男性と子どもをもうけ、脱北者を支援する活動を続けている。

「北朝鮮は本当に狂っていた。でも、このアメリカほどではなかった」

 そのパク・ヨンミが、「北朝鮮は本当に狂っていた。でも、このアメリカほどではなかった」と、コロンビア大学での体験を語っていることは、ジャーナリスト福田ますみの著書で知った(『ポリコレの正体』方丈社)。だがそこには出典がなかったので調べてみると、2021年6月、保守系メディアFox Newsのリモートインタビューで、「(コロンビアに入学して)私は気づきました。うわっ、これは狂気の沙汰だ。アメリカはちがうと思っていたのに、私が北朝鮮で見たものとあまりに似ているので、心配になりました」と述べている(“North Korean defector says 'even North Korea was not this nuts' after attending Ivy League school”Fox News, June 14,2021)。

 ヨンミは、自分にとって英語は第三言語で、いまでも“he”と“she”を間違えることがあるのに、コロンビアではセックス(生物学的な性別)にかかわらず“they”を三人称単数形で使うよう指導されたという。この体験を彼女は「カオス」と呼び、「北朝鮮ですらこれほど“nuts(狂っている、馬鹿げている、くだらない)”ではなかった」のあとに、“North Korea was pretty crazy, but not this crazy(北朝鮮はものすごく狂っていた。でもこういう狂い方はなかった)”と語っている。

「北朝鮮は本当に狂っていた。でも、このアメリカほどではなかった」キャンセル・カルチャーなど過剰な社会正義が横行するアメリカ社会の闇イラスト:bonb / PIXTA(ピクスタ)

 冷戦終焉でソ連や中国からの援助が途絶えた北朝鮮は、90年代に100万人が死亡したとされる深刻な食糧難に陥り、親は育てられない子どもを捨て、餓死したひとたちが路上に放置された。家畜が人間の生命よりも大切とされる(牛を殺して食べた男は公開処刑された)国に生まれ育ったヨンミには、「動物の権利(アニマルライツ)」を大真面目に主張するひとがいることがまったく理解できなかった。脱北後、中国でヨンミと母はわずかな金額で性奴隷として売られたが、アメリカでは何不自由なく暮らしているように見える黒人が「奴隷扱い」されているのだといわれて混乱した。

 北朝鮮には人民班(インミンパン)という隣組のような制度があり、誰かが不適切なことをいうと報告するよう命じられていたため、ヨンミは母から「自分ひとりしかいないと思っても、鳥やネズミが聞いているかもしれない」といわれて育った。ポリコレに反した発言をするとキャンセルされるのではないかと脅え、言論の自由を放棄したかのようないまのアメリカの雰囲気は、そんな北朝鮮に似ているとも語っている。

 リベラル系のニューヨーク・タイムズは2018年、北朝鮮で行なわれている人権侵害に対し、より強い圧力をかけるようトランプ大統領に求めるヨンミのビデオメッセージを掲載した(“I Escaped North Korea. Here’s My Message for President Trump.”The New York Times, June 11.2018)。だが彼女がキャンセル・カルチャー批判に転じたことで、いまでは“保守派の寵児”“リベラルの敵”と扱われることになったようだ。

 Fox Newsのインタビューの前年(20年8月)、ヨンミはシカゴで赤ん坊を連れてベビーシッターと外出中に、黒人に囲まれて財布をすられた。ヨンミはこのとき、そのうちの1人を取り押さえたが、この黒人女性は「あんたはレイシストよ。黒い肌の私が泥棒であるわけはない(The color of my skin doesn’t make me a thief)」と叫んでヨンミの胸を殴った。この騒ぎで集まってきた白人たちが黒人女性の側につき、ヨンミが警察に電話するのを妨害したため、この女性を解放するしかなかったという。

 その後、ヨンミのクレジットカードをタクシーで使ったとして29歳の黒人の女が逮捕された(“Cops use taxi cab transaction to track down Mag Mile robber, prosecutors say”CWB Chicago, August 23, 2020)。ヨンミは、この出来事が「ウォーク(社会問題に目覚めた者)の敵」として声をあげるきっかけになったと述べている。

リベラルなクリスタキス夫妻への過激なキャンセル

 北朝鮮の圧政を命からがら逃れてきた女性が、「自由の国」アメリカの一流大学で、北朝鮮と同じような左派(レフト)の「圧制」を体験するというのは「できすぎた話(ただし事実)」だが、アメリカの大学で「異常」な出来事が多発していることはすでに多く語られている。

 そのなかでも象徴的なケースが、2015年にイェール大学で起きたニコラスとエリカのクリスタキス夫妻へのキャンセルだ。このときは夫のニコラス・クリスタキスが2時間にわたって学生の吊るしあげにあい、その様子が動画撮影されてネットにアップされたことで全国的な注目を集めた。

 ギリシア系アメリカ人のニコラス・クリスタキスはネットワーク理論と公衆衛生の第一人者で、ビル・ゲイツが激賞したベストセラー『ブループリント 「よい未来」を築くための進化論と人類史』(鬼澤忍、塩原通緒訳、ニューズピックス)によって、アメリカを代表するリベラルな知識人の一人になった。妻のエリカも公衆衛生と幼児教育の専門家で、夫婦でイェール大学に12ある寮のひとつシリマン・カレッジの寮長と副寮長をしていた。

 アメリカでは学生がハロウィンに思い思いの仮装をするが、イェール大学ではそれがときに「文化の盗用」の論争を招いた(白人学生がアメリカン・インディアンに扮するなど)。そこで大学側は、不快な要素を含む可能性のある衣裳を避けるよう、「おすすめ」と「非おすすめ」の衣装が示すメールを学生に送った。

 幼児教育を専門とするエリカはこれに対して、夫のニコラスと相談のうえ、「大学がハロウィンの衣装についてまで学生に指導する必要があるのか(もっと学生を大人として扱うべきではないのか)」との返信メールを書いた。なんでもない話だと思うだろうが、これが「人種差別的な仮装を容認している」と見なされ、150名ちかくの学生が、クリスタキス夫婦が住むシリマン・カレッジに押しかけ、「家はバレてるぞ」などのメッセージをチョークで殴り書きし、メールの撤回と謝罪を要求した。

 寮の中庭で学生たちに対応したニコラスは、学生たちに痛みを与えたことは謝ったが、言論・表現の自由に耐える能力は自由で開かれた社会の基盤だとして、妻のメールを撤回することを拒んだ。その結果、学生たちから罵詈雑言を浴びることになったのだ。

 ある黒人の女子学生は、「私にとってここ(イェール)は、もう安全な場所ではない」として、ニコラスの言葉やエリカのメールは「暴力行為」だと訴えた。別の黒人女子学生は、ニコラスと話している途中で泣き出し、なにをいっても無駄だった。

 人生経験や肌の色やジェンダーを共有していなくても相手を理解することは可能だとニコラスが述べると、黒人男子学生が「おれを見ろ。おれを、よく、見ろ。わかるだろ、あんたとおれが同じじゃないってことが。ありがたいことに、おれたちは人間だ。それはわかるよな。だが、あんたの経験とおれの経験がつながるわけがない」となじり、周囲の学生が舌打ちを始めた。

 激高した一人の黒人女子学生は、「シリマン寮に暮らす学生たちのために、快適な空間と家庭を築くことが寮長の仕事なのに、あなたはその仕事をしていない」として、「胸くそ悪い“you are disgusting”」と捨て台詞を叫んだ(ダグラス・マレー『大衆の狂気 ジェンダー・人種・アイデンティティ』山田美明訳、徳間書店)。――この場面は広く拡散されたが、YouTubeの動画を見ると、この女性がニコラスを罵倒しはじめたとき、多くの学生がその場を離れたことがわかる。

 この騒動のあと、ニコラスは寮長を辞め、エリカはイェールを離れることになった。「多くの教授が内々では大きな支えになってくれたが、公然と自分たちを擁護または支持しなかったのは、『リスクが大きすぎる』と考え、報復を恐れたからだろう」と、エリカはのちに打ち明けた。

 リベラルなクリスタキス夫妻への過激なキャンセルはアメリカの知識人たちに大きな衝撃を与え、「(心理的な)安全」ばかりを要求する学生たちに対して、ひとひらの雪のように傷つきやすい「スノーフレイク世代(snowflake generation)」という言葉が生まれた。

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