中国の新エネルギー自動車(以下、NEV)産業が大きく発展した背景には、政府による計画的な産業振興策があった(本特集「調整期を迎えた中国NEV産業、政策転換は市場拡大前の2020年」参照)。本稿では、国内企業向け補助金、消費者向け補助金、技術開発支援などの具体的措置の効果と課題、そして足元の経済情勢を受け、相次いで打ち出されている消費促進策などについて紹介する。
購入補助金や租税減免措置といった優遇措置の導入は、企業サイドの供給面、消費者サイドの需要面の双方からNEVの促進と普及を後押しした。また、環境保護意識の高まり、2020年9月の国連総会で習近平国家主席が「ダブルカーボン目標」(注1)を発表したことなどもあり、低炭素社会の実現という観点からもエネルギー効率に優れ、環境に優しいとされるNEVの需要が高まったことも重要な意味を持つ。
NEV向けの補助金措置は主に、(1)一定基準を満たした車両の価格に対するもの、(2)車両取得税の免税、(3)「ダブルクレジット規制」(燃費規制と生産・輸入台数に占めるNEV比率が一定基準を達成できない場合、他社クレジットの購入を求めるもの)、(4)関連技術支援、の4つに大別できる。
13年間続いたNEV購入補助金
NEVの普及に向けて2009年から実施された「十城千両」プロジェクトを皮切りに、NEVの購入などに対する補助金措置がスタートした。その後、「新エネルギー自動車普及応用の継続実施業務に関する通知」(2013年9月)、「新エネルギー自動車の普及加速に関する指導意見」(2014年7月)、2015年4月には「新エネルギー自動車の普及に向けた財政支援政策に関する通知(2016〜2020年)(中国語)」が相次いで発表された。
これら措置は、主に消費者に対する購入補助金である。2015年4月の通知では、対象となる車両は推奨リストに掲載されたバッテリー式電気自動車(以下、BEV)、プラグインハイブリッド車(以下、PHEV)、燃料電池車(以下、FCV)であり、その補助基準はFCVを除く、BEV、PHEVは航続距離の長さを基準に、車両1台当たりの補助金額を設定している。また、本通知では、NEV産業の発展に伴い補助金の必要性が相対的に低下したこと、一部に補助金の不正受給などが発生したことなどから、補助金を2016年基準に比較して、2017〜2018年は20%、2019〜2020年には40%、それぞれ減額することが示された。
その後、2020年4月に発表された「新エネルギー自動車の普及に向けた財政補助政策の整備に関する通知(中国語)」では、2020年末で終了とされていた本補助金措置が、新型コロナによる経済下押し圧力の軽減などの理由から、さらに2022年末まで延長することが示された。
ただ、補助金支給額は前年比基準で、2020年には10%、2021年には20%、2022年には30%、それぞれ削減するとし、さらに年間の補助台数は200万台、補助金の支給対象車両の販売価格は30万元(約600万円、1元=約20円)を上限にすることが盛り込まれるなど、財政支援を縮小する方針は維持された。加えて、これまで補助金の対象はBEV、PHEV、FCVの3種類だったが、通知ではFCVが補助金の対象から外れることになった(2020年4月30日付ビジネス短信参照)ほか、BEVに対する補助金額は航続距離によって1万6,200~2万2,500元、PHEVの場合は8,500元を上限と規定された。そして2022年末で、中央政府による本補助金措置は終了した。
他方、地方政府の中には、例えば北京市(2023年3月6日付ビジネス短信参照)や上海市(2023年9月13日付ビジネス短信参照)、広州市(2023年4月11日付ビジネス短信参照)、海南省三亜市(2023年6月30日付ビジネス短信参照)などのように、景気刺激策の一環として消費促進や地元企業支援などの目的から、2023年に入ってからもNEVの購入補助措置を独自に発表しているところもある。しかし、いずれも期間限定の措置であり、北京市と上海市では対象を買い替えに絞っているなど、限定的な支援策となっている。
車両取得税の免税措置、終了時期を4回延長
2023年6月21日、中国政府は「新エネルギー自動車の車両取得税減免政策の延長と最適化に関する公告(中国語)」を発表し、NEVに対する車両取得税の減免期間を2027年末まで延長するとした。免税措置は2014年から実施しているもので、2017年12月26日の「新エネルギー自動車の車両取得税免税に関する広告(中国語)」、2020年4月16日の「新エネルギー自動車の車両取得税免税政策に関する公告(中国語)」、2022年9月18日の「新エネルギー自動車の車両取得税免税政策の継続に関する公告(中国語)」により、これまで3回延長されていた。
今回の延長で4回目となったわけだが、これまでの措置と異なるのは、以下のように免税額の上限が示された点である。
- 2024年1月1日から2025年12月31日までに購入したNEVに対し、1台当たり3万元(約60万円)を上限に、車両取得税を免除する
- 2026年1月1日から2027年12月31日までに購入したNEVに対し、1台当たり1万5,000元(約30万円)を上限に、車両取得税の50%を減税する
なお、対象はこれまでと変わらずNEVの技術要件を満たしたBEV、PHEV、FCVで、対象車種は政府が発表する車種リストで管理している。
このほか、消費者にNEV購入を促す措置として「ナンバープレート規制」がある。大都市での交通渋滞の緩和、大気汚染問題の改善などを目的にしたもので、北京市、天津市、上海市、杭州市、広州市、深セン市、貴陽市、海南省などでは、ナンバープレートの交付枚数に上限を設けている。ナンバープレートを取得できなければ、自動車の購入資格が得られないのだが、NEVに関しては取得条件が緩和されており、消費者にNEV購入を促す結果をもたらしている。
しかし、足元では消費拡大など景気刺激を目的に、ナンバープレート規制を緩和する方針や自動車購入制限措置の新設禁止、制限台数の緩和などが打ち出されている(後述)。
ダブルクレジット規制、NEV生産の急拡大を受けて新制度を導入
供給側の自動車企業に対しても、NEVの生産を後押しする制度が導入されてきた。2017年9月に発表された「乗用車企業の平均燃費と新エネルギー自動車のクレジット並行管理弁法」(2018年4月実施)では、乗用車の生産企業に対して、(1)平均燃料消費量(ガソリン消費1リットル当たりの平均航続距離)のクレジット(CAFC規制、注2)と、(2)生産、輸入台数に占めるNEV比率のクレジット(NEV規制)を設定し、このダブルクレジットに対し、一定基準を達成するよう求めた(2017年10月16日付地域・分析レポート参照)。未達の場合は、クレジットがマイナスとなり、新規車種の生産不許可、生産停止などの処分を受ける可能性があるため、他社の余剰クレジットを購入するなどして、ゼロないしはプラスにする必要がある。企業がより燃費効率の良い車両の生産、ひいてはNEVの生産を増やすよう促す制度となっている。その後、改定版〔改定版(2020年6月)(中国語)、(2023年7月)(中国語)〕がそれぞれ発表され、2023年8月1日から現行制度が実施されている。
近年はNEVの生産台数が大きく増加したことなどから、クレジットの取引価格が下落する傾向にある。企業の中には新たにNEVを生産するのではなく、他社のクレジットを安く購入することで基準をクリアするところが出てくるなどの課題が発生していた。
このような状況を改善すべく、現行制度ではNEV1台に対して付与するクレジットを2020年に発表された旧制度よりも平均40%ほど引き下げたほか、クレジットの市場価格が大幅に変動することを抑制するため、「クレジット・プーリング管理制度」を新設し、一定の基準を定め、企業が任意で保有するクレジットをプーリングしたり、放出したりできるようにした。NEV規制の比率についても2024年に28%、2025年に38%となっており、旧制度で示された2023年の18%を大きく上回るものとなっている。
NEV関連技術の開発方針、「技術ロードマップ2.0」
NEVの技術研究開発は、2001年にスタートした第10次5カ年計画(2001~2005年)を受けて、同年9月に「科学技術第10次5カ年計画」期間の「国家ハイテク研究発展計画(通称863計画)」の重大特別事業に「電気自動車重大プロジェクト」が盛り込まれたことに始まる、といわれている。中国政府は、ハイブリッド自動車(以下、HV)とBEV、FCVからなる「三縦」の発展と、駆動モーター、バッテリー、電子制御システムのコア技術、いわゆる「三横」を合わせた「三縦三横」のNEV開発方針(ロードマップ)を打ち出し、政府が全面的に支援するとした。
このロードマップは、2010年代に入ってもBEVの技術研究開発に踏襲され、関連する企業や研究開発機関などに対する技術開発支援が行われた。特に科学技術部は毎年、「電気自動車重大プロジェクト」において、その年の重要な研究テーマを発表し、一般公募で開発を担う企業や研究機関、大学を選出してきている。基本的には、開発費の半分を政府が負担し、残りの半分を企業などが負担するのがルールといわれている。
2010年4月には、工業情報化部がBEVの「国家標準」を発表し、技術的要求について定めるとともに、「『中国製造2025』に関する通知」(2015年5月)ではNEVのコア技術のエンジニアリングと産業化能力を高め、国際的先進レベルにまで育成する方針が示された。
「自動車産業中長期発展規画」(2017年4月)においては、「自動車強国」になるとの目標のもと、「中国製造2025」で示した方針をベースにしつつ、動力システムやカーエレクトロニクスなどの省エネルギー技術、動力電池や駆動用モーターといった基幹コア技術などを国際的先端レベルにまで向上させるとした。さらに、自動車のスマート化の推進強化が本格的に始動すると、自動車用センサーや車載用チップ、軽量化のための新素材、ハイエンド製造装置などが「弱点」であるとし、この「弱点」を補完するためにも、国際競争力のある部品サプライヤーを育成し、部品から完成車までのサプライチェーンを構築する方針も打ち出された。
2020年10月に発表された「新エネルギー自動車産業発展規画(2021~2035年)」では、BEV、PHEV、FCVを新たな「三縦」とし、(1)トランクションバッテリーと管理システム、(2)駆動モーターとパワーエレクトロニクス、(3)ネットワーク化とインテリジェント化技術を新たな「三横」とする、新たな「三縦三横」を定義した。
同年10月27日、中国自動車エンジニアリング学会が発表した「省エネルギー・新エネルギー車技術ロードマップ2.0」では、中国の自動車産業は国家が目標とする2030年のカーボンピークアウトに先駆け2028年に達成すること、2035年までに炭素排出量をピーク時より20%以上削減するなどの目標を掲げた。この新たなロードマップを基に、現在、技術開発支援による技術の底上げが行われている(表1参照)。
項目 | 2025年 | 2030年 | 2035年 |
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乗用車 |
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商用車 |
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省エネルギー車 |
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新エネルギー車(NEV) |
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インテリジェント・コネクテッド・ビークル(ICV) |
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注1:WLTC(Worldwide-harmonized Light vehicles Test Cycle)は、「市街地」「郊外」「高速道路」の各走行モードを平均的な使用時間分配で構成した国際的な燃費測定方法。
注2:PAは一部自動運転、CAは条件付き自動運転、HAは高度自動運転。
注3:C-V2Xは、Cellular Vehicle to Xの略。セルラー通信を基礎とする移動車両ネットワーク。車両とさまざまなものとの間の通信や連携を行う技術のことを指す。
出所:中国自動車エンジニアリング学会発表資料からジェトロ作成
なお、現在、実施されている「第14次5カ年(2021~2025年)規画と2035年までの長期目標綱要」では、NEVとインテリジェントカーを革新的競争力向上に貢献する分野として位置付け、研究開発やアプリケーションの推進を実施するとしている。2021年10月に発表された「2030年までのカーボンピークアウトに向けた行動プラン」においても、「2030年までにNEVとクリーンエネルギー車(注3)の割合を約40%にし、車両の炭素排出原単位を2020年比で約9.5%減らすこと」「低炭素、ゼロ炭素、マイナス炭素の技術設備に関する画期的な進展を推進する」ため、動力電池などの応用に関する基礎研究を深化するといった目標が打ち出されている(2021年11月1日付ビジネス短信参照)。
経済低迷下の消費促進策、NEV産業の政策
中国の科学技術政策の育成・促進の基本的な枠組みは、重点産業に関しては、総合的な中長期計画のもとに5年ごとに発表される5カ年規画(科学技術5カ年規画を含む)に方針を盛り込み、この5カ年規画に沿った形で、各地方政府や関連研究開発機関、業界団体なども自らの5カ年規画を策定して進めるという、重層的な支援体制ができている。
従って、急速な産業の立ち上げが可能となっている一方で、各地方政府などが同じ産業に同じタイミングで資源を投入することから、往々にして生産過剰に陥りやすく、競争力のない企業が多数誕生するといった非効率な政策効果などのデメリットが指摘されている。NEV産業においても、2020年10月に発表された総合的な中長期目標である「新エネルギー自動車産業発展規画(2021~2035年)」において、既にこの問題が指摘されており、政策課題として、生産過剰や市場の歪(ひず)みを調整することが示されている。
しかし、足元では経済回復の停滞や消費市場の伸び悩みなどもあり、これらの問題を考慮しつつも、自動車市場促進策が相次いで打ち出されている(表2参照)。その内容は、前述のナンバープレート規制の緩和、車両取得税優遇の延長、自動車の買い替え支援のほか、コア技術の生産工場やインフラの整備、農村部へのNEV普及支援、充電インフラ設備の整備、中国から欧州までつながる貨物鉄道「中欧班列」でのNEVおよび電池輸送の推進、バッテリー交換車両の開発促進など多岐にわたっている。
時期 | 政策 | 概要 |
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2022年4月 | 消費の潜在力をさらに引き出すことによる消費の持続的な回復の促進に関する意見 |
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2022年5月 | 貿易の安定維持と質の向上推進に関する意見 |
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2022年5月 | 経済安定に向けた一括した政策措置に関する通知 |
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2022年5月 | カーボンピークアウト・カーボンニュートラル実現業務支援の財政支援意見 |
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2022年5月 | 一部乗用車の車両取得税の減額に関する公告 |
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2022年7月 | 自動車流通の活性化と自動車消費拡大に関する若干の措置 |
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2022年9月 | 新エネルギー自動車の車両取得税免税政策の継続に関する公告 |
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2022年10月 | 第10回全国「放管服(注)」深化テレビ電話会議重点任務分担法案に関する通知 |
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2022年11月 | 回復の勢いを固め工業経済振興に力を入れる通知 |
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2023年5月 | 充電インフラ構築の加速および農村・地方の新エネルギー自動車普及活性化支援に関する実施意見 |
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2023年6月 | 2023年新エネルギー自動車の農村部への普及活動実施に係る通知 |
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2023年6月 | 新エネルギー自動車の車両取得税減免政策の延長と最適化に関する公告 |
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2023年6月 | 質の高い充電インフラシステムの更なる建設に関する指導意見 |
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2023年7月 | 自動車の消費促進に関する若干の措置 |
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2023年7月 | 消費の回復・拡大に関する措置 |
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2023年9月 | 自動車産業の着実な発展に関する作業プラン(2023~2024年) |
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注:行政簡素化と権限委譲、監督管理の強化、サービスの最適化を指す。
出所:中国政府の各発表資料を基にジェトロ作成
調整期を迎えている中国のNEV産業にとって、財政的な補助金などの特別な支援措置がない状況においても、内燃機関車やHVといかに競っていけるのかが、大きな政策課題の1つといえる。今後、政府がどのように消費者向けの消費促進策や企業向けの技術支援策を策定し、更なるNEV発展のための使用環境を整え、輸出や海外展開を含め産業高度化を図っていくのかが注目される。その意味において、2022年以降に打ち出されている自動車市場促進策の効果と課題についてレビューすることも、生産過剰や市場の歪みの調整状況いかんをみる上で重要な視点となろう。
からの記事と詳細 ( 経済低迷下のNEV補助金策、生産過剰と市場の歪み是正が政策課題 ... - ジェトロ(日本貿易振興機構) )
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