Sunday, December 10, 2023

過剰な「顧客満足度」追及によって自らの首を絞める日本人…物流の現場からみた、その実情 - ライブドアニュース - livedoor

医療機器のなかには、病院に機器を在庫しておき、使った分だけ代金を回収するというビジネスモデルで販売しているものがある。このようなビジネスモデルは、顧客である病院側の満足度は高まるが、SDGsという視点でみてみるとどうだろうか。本記事では、過剰な顧客満足度追及する日本企業の実態について解説する。

医療機器の貸し出し制度

筆者はアメリカ中西部に本拠を置くステントやカテーテルといったディスポーサブル(単回使用)の医療機器メーカーの日本法人でサプライチェーン部門に勤めている。勤務先のオフィスの一角に最近、“置きおやつ”のトレイが置かれ始めた。

菓子類やカップ麺などを取った分のお金を集金箱に入れる無人販売システムだ。疲れて糖分を補給したい、もしくは昼食を買いに行く手間が惜しいスタッフたちに重宝されている。

ちゃんと支払いがされているのか、などと余計な心配をしてしまうが、月に数回、補充と集金にやってくる菓子メーカーの担当者からなにも言われないところを見ると問題ないようである。

ふと、カスタマーへの絶対的な信頼に基づくこのビジネスモデルはいつから日本にあるのだろうか、と一般社団法人全国配置薬協会のHPを覗いてみた。

富山十万石の二代目藩主・前田正甫は、質実剛健を尊び自らも、くすりの調合を行うという名君でした。元禄3年(1690年)正甫公が参勤で江戸城に登城したおり、福島の岩代三春城主・秋田河内守が腹痛を起こし、苦しむのを見て、印籠から「反魂丹」を取り出して飲ませたところ、たちまち平癒しました。(中略)

正甫公は、領地から出て全国どこででも商売ができる「他領商売勝手」を発布。同時に富山城下の薬種商・松井屋源右衛門にくすりを調製させ、八重崎屋源六に依頼して諸国を行商させました。

源六は、「用を先に利を後にせよ」という正甫公の精神に従い、良家の子弟の中から身体強健、品行方正な者を選び、各地の大庄屋を巡ってくすりを配置させました。そして、毎年周期的に巡回して未使用の残品を引き取り、新品と置き換え、服用した薬に対してのみ謝礼金を受け取ることにしました。(原文ママ)

江戸時代から300年以上続いていることには驚くが、“お客様の利便性を優先する”と言う精神が現代にまで継承されていることにも感心する。

“置き在庫”ビジネスは、ディスポーサブルの医療機器にもある。病院に在庫して使った分だけ代金をいただくという商習慣だ。手術の症例日にあわせて10日間ほど機器を貸し出して使用された分のみを請求する“短期貸出し“と言う慣習もある。

高い精度で手術を行うためには多種類のサイズの機器を揃えておく必要があるが、そのすべてが常時使用される訳ではないためすべて購入するのは生産性が低い。

このため、購入ではなく貸し出しが必要になる。短期貸し出しは使用できる機器の選択肢の幅を広げる優れたビジネスモデルだが、SDGsという視点になると違った側面が見えてくる。

日本特有の商習慣と効率

ディスポーサブルの医療機器では、外国資本のメーカーのマーケットシェアが小さくない。しかし、筆者のようにサプライチェーンに従事している人間は、海外のマネジメントから在庫資産の運用効率に関してシビアな目を向けられている。

短期貸し出しをした製品の多くは使用されずに返却され、100本以上貸し出しても数本しか消費されない製品群があるからだ。競合他社の多い製品では、出荷してもまったく使用されずに返却されてくるオーダーのほうが多いのが実情だ。

そして、置き在庫と貸し出し製品の何割かは一度も使用されることなく製品有効期限が切れて廃棄処分されてしまう。

シンプルに出荷した分が売上になる海外のマネジメント層にはにわかには信じてもらえないほど、日本の貸し出しビジネスはグローバルな視点で見ると非効率で過度に「お客様寄り」のサービスなのである。

電子タグを使用した政府・企業による効率化への取り組み

[画像1]サプライチェーンの世界でもSDGsが求められている 画像提供:宗像英明

医療機器業界としても手をこまねいているわけではない。

医療機器の物流オペレーションは長らく製品に付いているバーコードを手作業で1つひとつスキャンすることによって出納管理を行ってきたが、近年、アパレル業の小売店のレジ等で運用が進んでいるRFID(非接触の電子タグ)の導入が進んでいる。

米国医療機器・IVD工業会(AMDD)の流通・IT委員会では数年間からRFIDの導入へのガイドラインを示し、業界をあげてオペレーションの効率化を推進している。

また、内閣府主導の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」と言う府省・各産業界をまたいだプロジェクトのなかでは、電子タグを活用し、サプライチェーンの上流から下流までのトレーサビリティを可視化する「スマート物流サービス」の社会実験が今春完了した。

我が社の機器もAMDDを通じてこの実験に参加したが、貸し出した製品がいまどこにあるのかが、社会インフラとしてのデータベース上でリアルタイムに把握できれば、過剰な在庫や発注を未然に抑制し、有効期限切れで廃棄されてしまう在庫の削減に大きな効果が期待できると感じた。

顧客満足とSDGs

[画像2]医療機器の在庫ビジネスにも非効率な面が 画像提供:宗像英明

サプライチェーンのDX、イノベーションによる効率化と言うことが推進される一方で、貸し出しのような商慣習そのものの見直しには焦点が当たらない。

いくら非効率、行き過ぎと言われてもお客様が求めるサービスレベルに応えないということは、サービスを提供する側からすれば難しく、業界の慣習にひとり背を向けることもできない。

それでも、EC(電子商取引)を通じて発注した本やレコードが当日に配達されるといった「過剰な顧客満足度の向上への努力」が当然だと思われる社会になってしまったと感じるし、それが持続可能だとも思えない。

日本では、お客様を利するという倫理観が自明の事として社会に根付き、そのことが世界に誇る製品やサービスを産みだしてきた要因ともなった。しかし、経済活動の対価をもらう対象、つまり顧客を過度に優先する目線を、自分のあとに生きる世代が無理なく生きていく土壌を耕すことに移す必要性を物流の現場から切実に感じている。

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宗像 英明

1972年生まれ。米系医療機器メーカーのサプライチェーン部門のマネージャー。日系企業を経て2007年よりサプライチェーン部門の立ち上げに携わり、現在RFID導入等のプロジェクトマネジメントに従事する。

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