あるクルマの発売が、ときにはほかのクルマの発売より重要であるとみなされる場合がある。そうしたモデルは、メーカーのラインナップのなかでも高価格帯の豪華なフラッグシップモデルだと思うことだろう。だが、多くの場合はそうではない。
例えば、高級SUV「レンジローバー」のなかでも“低価格モデル”に位置づけられる「イヴォーク」は、当時のランドローバーにとって救世主であると広く評価されている。BMWにとって小型の電気自動車(EV)「MINI Electric」は、「i3」の後継になるEVのエントリーモデルとして欠かせない存在だ。実際にBMWにとっての3シリーズは、フラッグシップである7シリーズの20倍もの台数を欧州で販売していることからも、その重要性は抜きん出ている。
Audiの新型EV「Audi Q4 e-tron」も、そのような発売を控えている一台だ。Audi UKのディレクターのアンドリュー・ドイルによると、コンパクトSUVの電動モデルであるにもかかわらず、英国での販売台数は「A3」に次いで2番目に多くなるだろうと予想されている。
EVだけの販売台数の順位ではない。エンジンを搭載したクルマやハイブリッド車を含む、全タイプの販売台数の順位で2位になるというのだ。つまり、Audiにとって「Q4 e-tron」は、少なくとも収益面において、EVのフラッグシップモデルである「Audi e-tron GT」よりはるかに重要な存在というわけだ。
関連記事:「Audi e-tron GT」は、スーパーカーのような性能とEVらしい快適さを兼ね備えている:試乗レヴュー
「Audi Q4 e-tron」は、EVに対する顧客の意識を変えるための重要な“武器”である。世界がエンジンへの愛着から脱却しつつあることに加えて、EVがアーリーアダプターのみならず多くの人々のためのクルマになりうることを証明する存在となる。それゆえ、「いいクルマ」でなければならない。
美しいエクステリア
Audi Q4 e-tronのサイズは、SUVである「Q3」と「Q5」の中間に位置する。デザインは2種類あり、後部に傾斜したルーフをもつ「Sportback」と、通常のSUVタイプが用意されている。Sportbackの室内空間は少し狭くなるが、人によっては「さらにスポーティ」と感じるかもしれない。
EVの機構は、基本的にフォルクスワーゲン「ID.4」の改良版となる。フォルクスワーゲン傘下にあるシュコダの「ŠKODA ENYAQ iV」とも共通するEV用プラットフォーム「MEB」を採用しており、共通の生産ラインで生産されている。
Audi Q4 e-tronのグレード展開は、欧州では「35 e-tron」「40 e-tron」「50 e-tron」の3種類となる。「35」は52kWhのバッテリーを搭載し、WLTP基準での航続距離は208マイル(約335km)、モーター出力は168馬力。「40」は77kWhのバッテリー、316マイル(約509km)の航続距離、201馬力のモーターとなる。「50」は「40」と同じバッテリーを搭載し、フロントモーターを加えて4輪駆動とする「quattro」仕様になっている。これにより出力は295馬力に向上するが、航続距離は298マイル(約480km)になる。
「35」が対応する充電電力は最大DC100kWで、77kWh仕様ではDC125kWである。77kWh仕様なら充電残量が5%から80%までわずか38分で充電できる。つまり、10分で航続距離80マイル(約129km)分の充電が可能だ。
エクステリアは十分に美しく、フロントグリルの開口部を塞いだことが見てとれる点を除けば、シリーズのほかのモデルとの調和がとれている。その意味では、意図的に“EVらしさ”を排除しているように見える。
個人的にはSportbackより通常のSUVモデルのほうが好みだが、Sportbackのほうは空力特性が向上したことで航続距離が12km長い。またAudi e-tron GTと同様に、ヘッドライトにはマトリクスLED方式を採用している。
快適な乗り心地
一般的にEVは加速力に優れているが、Audi Q4 e-tronの走りにはそこまで刺激を感じない。この点に違和感を覚える向きもあるかもしれないが、実際それこそがポイントになりそうだ。
Audi Q4 e-tronの乗り心地はソフトで快適である。思うように加速できるが、それでいて過度にスポーティではない。ID.4よりも優れていると感じるところは興味深い。
ハンドリングはシャープではないが、鈍いとも感じない。このクルマは都市部での一般的な運転や高速道路でのクルージングを主な目的としており、田舎の曲がりくねった道を疾走するようなクルマではない(もちろん、その気になればスポーティな走りもできる)。
つまり、誰がこのクルマを買うのかをAudiはきちんと理解している。いわゆる“普通”の人たちが購入するクルマなのだ。
ハンドルに備わるパドルを駆使すれば、回生ブレーキをさまざまなレヴェルでコントロールできる。その操作は驚くほどシンプルだ。直感的に操作できるので、ブレーキペダルの代わりにパドルを使えるようになるまでに、それほど時間はかからないだろう。
通常走行での電力消費(電費)は、さまざまな場面でスピードを上げても1kWhあたり3.6マイル(約5.8km)で、公式に発表されている範囲に収まっている。フラッグシップモデルのAudi e-tron GTとほとんど差はなかった。
質感の高いインテリア
インテリアの質感は高く、いかにもAudiらしい。最近はスイッチ類とタッチスクリーンのどちらか一方に頼りすぎたことでユーザーエクスペリエンスが低下してしまう問題が起きているが、Audi Q4 e-tronではこれらが効果的に組み合わされている。
Audiのユーザーインターフェイス(UI)は、依然として少し複雑にも感じられる。だが幸いなことに、サードパーティによるスマートフォン用インターフェイスから多く操作をこなせるようになっている。
角ばったハンドルに設置されたタッチセンサーは秀逸で、例えば音量を上げるときには指をスライドさせるだけでいい。カチカチと段階式に調節するわずらわしさがない。
インテリアのレイアウトで気になる点は、運転席と助手席の間にフェイクのトランスミッション用トンネルがあるところだ。エンジン車では必要なものだが、この空間はEVならフラットにできるはずだろう。実際に手でノックしてみると、中が空洞になっていることがわかる。
Audiによると、「ワイヤレス充電やカップホルダーなどの収納のため」に必要なのだという。しかし、これは進歩的な考え方とは言えない。新しい構造が可能になったことで、カーデザイナーはクルマのインテリアのあり方を再考できようになった。ちなみに、ゼロベースで“慣習”を捨て去る意志があれば何が実現できるのかを示す好例が、現代自動車のEV「IONIQ 5」だろう。
カーナビより優れたAR対応のHUD
『WIRED』の読者なら最も注目するであろう要素のひとつが、AR(拡張現実)を採用したヘッドアップディスプレイ(HUD)だ。このオプション装備はメルセデス・ベンツのシステムにも似ており、従来のカーナビより明らかに大きなメリットをもたらす。このシステムはAudiの既存のHUDをベースに、インターフェイスを「ステータス」と「AR」のふたつに分けている。
「ステータス」はHUDを搭載したクルマならおなじみだが、速度や交通標識などの主要な情報を表示するものだ。これらのデータはドライヴァーの3mほど前方に浮かび上がって表示されるように設計されている。サイズはおよそ70インチのディスプレイに相当する。
新たに追加された「AR」モードは、ドライヴァーの10mほど前方に表示されるように設計されており、フロントガラス越しの視界に映像が重なって表示される。また、車線を逸脱すると車線マーカーの上に赤いラインを表示して逸脱を警告したり、車線を変更したあともラインの位置を維持したりする設計になっている。なんともスマートな機能だ。また、ほかの車両に接近しすぎたり、前方に危険があったりする場合にも同じように警告してくれる。
ARシステムは60fpsでグラフィックを描画し、GPSやフロントカメラ、レーダーセンサーからのデータを組み合わせて、現実世界に合わせてグラフィックを配置する。また振動補正の機能を搭載しており、道路の段差などで映像が揺れてドライヴァーが気持ち悪くならないようにしている。
ARの“弱点”
どの機能もよくできている。ラウンドアバウトに差しかかると青い矢印が表示され、進むべき方向を示してくれる。従来のカーナビでは画面上で数秒間の遅延が起きてドライヴァーが判断に迷うことがあったが、このシステムでは車載カメラを活用することで、どの出口から出るべきかについて情報がリアルタイムで更新される。
Audiはこの情報オーヴァーレイ機能を、ドローンが車両の前方を飛行して路面に情報を映し出す仕組みにたとえている。実際のところそこまで高度な技術ではないが、いくつかの課題もある。
例えば、ARの情報を確認できる視野角はそれほど広くない。高い位置に座れることが多くの人がSUVを購入する大きな理由のひとつだが、シートを最も高い位置にするとARの表示が見えなくなってしまう。それと偏光サングラスは家に置いておこう。偏光サングラスをかけると、HUDの表示がすべて消えてしまうのだ。
また、HUDが絶対に間違いを犯さないとは限らない。試乗中にラウンドアバウトで青い矢印が混乱したことがあり、それに従っていたら間違った方向に進んでいたかもしれない。こうした問題は無線を介したアップデートで修正され、改善されていくだろう。
非常に便利で順調なスタートを切ったテクノロジーだが、いまから数年後に振り返ってみれば非常に制約の多い機能だったと思い返すことになるはずだ。実際にWayRayのような企業が、フロントガラス全体をARディスプレイにする技術の研究に取り組んでいる。
ソノス初の車載スピーカーを搭載
もうひとつ重要な技術として挙げられるのが、ソノスが初めて車載用に開発したスピーカーシステムだ。4個のツイーターと1つのセンタースピーカーを専用のアンプで駆動し、さらに8チャンネルのブースターアンプで4つの低音スピーカーとリアのサブウーファーを動かす。合計出力は580Wと圧倒的だが、当然のことながら既存の家庭用のソノスのシステムとは連携できない。
ソノスの車載スピーカーシステムは、おそらくサウンドをアルゴリズムで処理し、ステレオ音源から立体的なサラウンド音源を生成している。その上で、車内の10個のスピーカーから出力しているのだろう。
ここで、ソノスのファンの皆さんに残念なお知らせがある。カーオーディオの完成度を高めることは至難の業だ。音響的に厄介なプラスティックやガラス、そしてロードノイズや振動を補正する必要があるからである。
これまでに個人的に聴いたなかで最高の車載用スピーカーは、Naim Audioが手がけたベントレーの高級SUV「ベンテイガ(Bentayga)」のシステムだった。当然ながら、その価格はAudi Q4 e-tronのシステムを大幅に上回る。そんなソノス初の車載用スピーカーは及第点といったところで、「素晴らしい」とまでは言えない。
例えば、低音域が非常に重く感じる。求める音を出すには、低音域とサブウーファーのイコライザーをあれこれ調整し、高音域を上げなければならない。また中音域にメリハリがなく、曲によっては濁ったような音がする印象だった。
トロイの木馬のようなEV
とはいえ、全体としてAudi Q4 e-tronは多くの魅力を備えている。走りがよく、航続距離は十分で、e-tron GTの優れた技術を取り入れている。それでいて見栄えがよく、購入層を意識した設計になっている。ARのHUDは従来のカーナビより一歩進んだもので、しかも「ちゃんと動く」ところがいい。
Audiは、Q4 e-tronに大きな期待をかけている。日常生活にトロイの木馬のようにEVを忍び込ませ、その使いやすさと親しみやすさで利用者を魅了し、“邪悪”なエンジンに二度と後戻りできないようにしたいのだ。すでにAudiは「ヒット商品」を手にしたと考えているのだろうが、その読みが正しいことを願いたい。
※『WIRED』による電気自動車(EV)の関連記事はこちら。アウディの関連記事はこちら。
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