まだまだ新型コロナの猛威がおさまる気配はありませんが、学校(小中高、特別支援学校、幼稚園)での感染症対策について、文科省が学校・教育委員会等向けの衛生管理マニュアルを昨日(8/6)改訂しました。きょうは、この内容と背景について、解説します。
改訂の主な内容としては、以下のものがあります。
○熱中症のおそれが高いときなどは、マスクをはずすこと。(常時マスクする必要はないこと)
○床の消毒や机・椅子、トイレ、洗面所の特別な消毒は不要であること
○清掃や消毒などについて外部人材やサポートスタッフ(支援員)にお願いしてもいいこと 等
※マニュアル本文はこちら。教育委員会や教職員のかたは、ぜひ本文もご覧ください。
https://www.mext.go.jp/a_menu/coronavirus/mext_00029.html
■なぜ、改訂したのか
文科省の検討過程についての議事録などが公開されているわけではないので、推測を含みますが、マニュアルや関連する文科省の通知文を読むかぎり、大きな背景は、少なくとも2つあると思います。
第一に、先ほどの改訂のポイントとは真逆のことを行っていた学校もあったのですが、これにはマイナスも大きかったからです。
●コロナのことを恐れるあまり、暑い日の教室や屋外(登下校中を含む)でも、マスクの着用を指導する例があったこと。
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熱中症のリスクを高めるし、子どもたちにとっても、呼吸しづらいなど、苦しい状況になることがあった。
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●学校では、床や机・椅子の消毒を毎日行ったり、場合によっては休み時間ごとに消毒作業をしたり、またトイレ掃除なども非常に気を遣って入念に行ったりする例があったこと。
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感染予防の観点からは、それほど効果が期待されないにもかかわらず(※現時点の知見では、今後変わる可能性あり)、過剰なほどの消毒、清掃作業を行うことで、教職員の負担が高まり、学校現場は疲弊していた。
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●外部の人等を学校に入れると、ウイルスを持ち込まれるリスクや感染させてしまうリスクもあるので、あるいは、教育委員会がなかなか予算獲得できないために、教職員が自前で消毒、清掃などにかなりの時間を費やしていたこと。
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前述の教職員の負担の問題に加えて、教職員でなければできないこと(たとえば、子どもたちの思考力等を高める授業にするための準備や研究、子どもたちの心のケア)に時間を割くことが少なくなる例もあった。
また、コロナ前から教員の過重労働は大きな問題で、採用試験を受けない人も多くなっていたなか、コロナ禍のなかで、さらに負担が増している昨今の状況が続けば、いい人材が教職をめざさなくなるリスクが一層高まる。
■教職員の献身に頼りきるのをやめよ
わたしは、教育委員会や学校のアドバイザーをしていますが、「いまの学校には大きなリスクが(少なくとも)3つある」とよく申し上げてきました。1、新型コロナの感染リスク、2、熱中症、そして3つめは教職員の過労死やメンタル不調のリスクです。
コロナ対策はもちろん大事ですし、未知のウイルスであるので、油断できませんが、これに一生懸命になるあまり、ほかのリスクが高まることを見過ごしてはいけません。
キツい表現になりますが、全国的にかなり多くの学校で、コロナ対応を重視するあまり、先生たちを奴隷のように使っている実態がある、とわたしは見ています。教育現場が疲弊する一方では、一番の不利益を被るのは、子どもたちです。
今回のマニュアルの改訂は、3つのリスクともなるべく低減していくために、必要なことはなんなのか、文科省としてもメッセージを発信しているのだと、わたしは捉えています。ぜひ、多くの学校で、マニュアルを参考に、消毒や清掃を軽減できるところを改善したり、外部委託等を進めてほしいと思います。
※もちろん、今後の動向等によって、マニュアルは変わりうる内容ですし、マニュアルを金科玉条にするものでもありませんが。
■児童生徒が重症化する例はなかった
改訂の2つ目の大きな背景は、いまのところ、子どもたちが新型コロナに学校で感染する可能性は非常に低いこと、重症化例はゼロであることです。
次のデータをご覧ください。全国的に学校が本格再開された6月1日から7月31日までの小中高生の感染者数です。保護者のかたのなかには、学校に通わせるのは怖いというかたも少なくないと思いますし、その気持ちは、わたしも父親のひとりとして共感できる部分もありますが、これまでのデータを見るかぎり、学校での感染例は多いわけではありません。
少子化とはいえ、いまも小学生は全国で約636万人います(令和元年度学校基本調査)。小学生の感染者数は90人ですから、単純に割り算すると、0.0014%で、10万人に1~2人いるかいないか。
ただし、無症状のケースで統計数字にあらわれてこないものもあるでしょうし、わたしは感染症や医療の専門家ではありませんので、心配ないとか、安心ですとか、この記事で述べるものではありません。
しかも、6月、7月に児童生徒の重症化例は報告されていません。
■消毒に一生懸命になるよりも、手洗いの励行のほうが大事 ⇒ 国が劣後順位を示すことは重要
この衛生管理マニュアルのなかで、わたしが重要と感じたのは、次の記述です(p.23)。
この箇所は、消毒よりも手洗いのほうが大事だと、優先順位と劣後順位を明記しています。劣後順位とは、ドラッカーの本に出てきますが、優先順位が低いもの、やらなくていいことを決めることを指します。この点が、疲弊しつつある学校現場では、非常に大切です。
なぜなら、教育委員会や学校の多くは、感染症対策の専門的な知見がたくさんあるわけではありません(もちろん、情報収集するなどの努力は重要でしょうが)。
そのため、何が感染予防に効果的なのかどうかは手探りで、多少でも効果がありそうと思えることなら、子どもたちの安全安心のためには、やっていくという学校は多いです。たとえば、こまめに子どもたちの机、椅子を消毒する学校はたくさんあります。また、先生たちがフェイスシールドの着用を行う学校もありましたが、これは専門家のなかにも勧めない人もいましたし、文科省のマニュアルでも記述されていませんでした。
しかも、ひとたび、学校で感染例が起こると、「学校は対策をしっかりやっていたのか!」と保護者や首長、議員、地域社会等から厳しく批判、非難されかねません。
アリバイづくりと言うと言い過ぎでしょうが、「毎日消毒も徹底していました」などと多少なりとも申し開きができるためにも、教職員の負担増はわかっているのですが、重くとらえずに、専門家から見れば、「過度」、「過剰」とも思える対策を講じてしまうことが、学校と教育行政にはあります。
しかも、やめどころが、わからない。決められない。こういう学校等も少なくありません。いったん、始めたものをストップすることがとても苦手です。
なんでも国に頼るのもどうかとは思いますが、国の役割としては、やめてもいいものや、もっと減らしていいものの方針を示すこと、それから、参照できる知見を提供することは大事だと思います。
■今後もアップデートを
文科省(それから厚労省等も関係します)にお願いしたいことは、2つあります。
ひとつは、コロナの状況や知見を見て、さらに方針の具体化や劣後順位を示すことができないか、です。
たとえば、音楽や体育で、できる活動が非常に限られているという学校もあります。地域の感染状況によりますし、マニュアルのなかにも、「リスクの低い活動から徐々に実施することを検討」、「慎重に検討」などと記載はされていますが、上記の事情もあって、感染例が出てもいけないので、やめておこうと思う先生たちは多いと思います。「こういう対策を講じれば、実施しても問題はないと思われる」などと、より踏み込んだ記述ができるものがないか、検討してほしいです。
もうひとつは、検討経過の議事録がないと冒頭に書きましたが、専門家の知見のなかで、
●ほぼ一致しているもの
●見解がわかれているが、こちらが現時点では有力視されているもの
●解明していないもの
などに分けて、示してほしい。たとえば、床の消毒は不要と今回書かれていますが、根拠がいまひとつわかりません。仮に専門家がほぼ一致して、床消毒には感染予防上の効果は薄いとか、こういう理由で床のウイルスはほぼ心配ない、ということならば、そう書いてほしいです。学校も教育委員会も、保護者(+児童生徒)、議会などに説明していく必要がありますが、根拠が出せないと、説得しにくいと思います。
学校教育では、子どもたちを実験台にするわけにはいきません。新型コロナのことは、科学的に解明されていないことも多く、専門家でもはっきりは言えないことも多いだろうとは推測します。とはいえ、現時点では、こういう知見があるということを、国はもっと収集して、示してほしいです。学校、教育委員会も、「文科省が言っているから、やっておこう(あるいは、やめておこう)」だけでは、いけないと思います。
関係者の知恵と情報を集めて、学校での感染症対策をアップデートできればと思いますし、コロナ対策と他のリスクの低減、そして子どもたちの豊かな学びを両立させる道を探っていく必要があります。
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