小さな町にいくつもの登り窯、陶器の里・唐津で生まれ育った僕にとって、磁器は異次元のもの。特に、絢爛を極める九谷の磁器は、遠い世界の焼き物だった。
そんな九谷焼が急に身近に感じられたのは、ロンドン往復のチケットを買って、途中下車でパリに長期滞在した時だ。短い休暇でロンドンに飛び、サウスケンジントンのヴィクトリア&アルバート博物館を訪れた。
回廊の天井画や、教会の壁画など、まるで空間恐怖症のように隙間なくアートを埋め尽くすヨーロッパの文化に目が慣れていたのかもしれない。
そこにあった九谷焼は、ごく自然に僕の心の中に入り込んで強い衝撃を与えた。
唐津からほど近い伊万里の港からヨーロッパに渡った、古伊万里の名前で親しまれる有田焼よりも、さらに色彩豊かで過剰な程の装飾が施された九谷焼は、限りなく芸術的でありながら工芸的な普遍さにも満ちていて、むしろ美術館に飾られるより、大自然の色彩と造形に彩られたフレンチやイタリアンを盛りたいとさえ思った。
でも、まだ当時、国内では九谷焼を数多く見れる場所は少なかった。
それから、いくつもの季節が過ぎて、いよいよ九谷の全貌に触れる場所が誕生した。
開窯して約114年、現代の九谷焼を代表する錦山窯の総合ギャラリー「嘸旦(むたん)」だ。
「嘸旦」とは、音のない始まり。そして、無我の創造を指していると言う。
自らを「職人」と名乗る4代に渡る錦山窯の作家たちが、石蔵の中に眠る過去の膨大な作品から立ちのぼる古の先人たちの息づかいや立ち居振舞、そこで交わされた無言の会話までを紡いで、現代に通じる作品として昇華させること。その決意が、ネーミングに静かに込められている。
これまで、あまり触れることがなかった九谷焼の価値観を、つくり手たちから使い手に直接伝える場所として、「嘸旦」は単なるギャラリーの範疇を越え、「食卓に九谷焼があるライフスタイル」の発信基地として大きな意味を持っている。
一見するとピラミッドのようにさえ見える「嘸旦」の建物は、ふだん見慣れない石材で造られている。
黄色くて、目が粗い、柔らかそうな石材は観音下(かながそ)石と呼ばれるもので、この地方の特産、白山の火山灰が堆積してできた凝灰岩だ。
古くから加賀地方の旧家では、門塀や蔵の石材として使われて来た。都内でも、駒場公園内の旧前田公爵邸洋館や国会議事堂の壁や柱に、観音下石が使われている。(ただ、この貴重な自然の賜物は、良質な地層の消失と職人たちの高齢化により、「嘸旦」が最後になると言う。)
「嘸旦」の構築には、この地の自然と文化に対する敬虔な思いを込めて観音下石を使用。ピラミッドや石室のような神聖な内部空間を、自然光のトップライトだけが照らす。
伝統を継承することと、新しいものを創造することは、文化を育んでいく両端に違いない。
錦山窯の三代吉田美統(みのり)氏は、かつてインタビューにこう答えた。
「伝統とは、ある時期にいいものがパッと生まれて、それを繰り返して行くことではない。技法や素材は伝統的であったとしても、常にその時代にあったものを付け加えて行く。そうして付け足し、積み重ねることが伝統なのではないか」。
その思いこそ、九谷焼の伝統を常に未来に繫いできた根源だろう。
1906年に、初代吉田庄作が小松市高堂町で開窯した錦山窯は、特に金彩の技法に秀でており、初代二代共に、金彩細密画と呼ばれる華やかな九谷らしい彩色金襴手(きんらんで)を得意としていた。
さらに三代目の美統氏は、釉裏(ゆうり)金彩という新しい技法で、工芸美を極限まで高め、国指定重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定される。
釉裏金彩とは、通常の金彩が釉薬の上に金泥を用いて、塗布・線描するのに対して、金粉や模様に切抜いた金箔を貼り、その上に透明釉を掛けて焼き付ける技法。金箔の厚さにも変化が付けられるので、立体的な模様が完成する。
そして、現代の窯を継承する四代吉田幸央(ゆきお)氏は、淡い色彩を幾何学模様に塗り重ねた地肌に金彩を施す手法で、金襴手に新しい世界観を創造。
食器としても、酒器としても、現代の住空間に響き合う造形を完成、九谷焼の新たな地平を築いている。
そんな錦山窯が、昨年完成したギャラリー「嘸旦」で新年度から開催しているのが「華鳥夢譚展」だ。
九谷焼や近隣の金沢で生み出される伝統工芸には、もともと「育てる」という概念があり、使うことで育てられ、使い手の暮らしに馴染むことで完成していく。
ただ愛でて、鑑賞するのではなく、日常で大切に使うことこそが伝統工芸の完成形なのだ。
グラスや鉢などが、積み重なってできる美しい造形。
錦山窯が約114年の歴史の中で受け継いできた意匠と技術を振り返りながら、プロダクトデザインの視点から、徹底的に器としての使いやすさと造形美にこだわったアートピースが「華鳥夢譚」だ。
一つひとつのアイテムを塔のように積み上げることで生活空間の中に美しい変化が生まれ、ひとつずつテーブルに並べることで賑やかで華やかな時間が訪れる…。
自由に組み合わせることによって、世界に1つだけのアートピースを作り上げることさえできる「華鳥夢譚」は、手に取った一人ひとりの使い手さえ伝統工芸のアーティストに変える伝統工芸の1つの完成形だ。
伝統工芸と、現代の生活は今、観音下石のギャラリーの中で1つに結ばれようとしている。
「華鳥夢譚展」は、3月いっぱい、さらに「酒具展」や「花器展」など、暮らしと食を彩る伝統工芸の粋が並ぶ企画が次々と用意されている。
嘸旦
〒923-0031 石川県小松市高堂町ト-18番地
tel 0761-22-5080
(アポイント制) HPよりお問い合わせください
www.mutangallery.com
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March 12, 2020 at 04:00PM
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九谷焼のいまと未来を繫ぐギャラリーで、 伝統工芸の明日が見える『華鳥夢譚』展が開催中。 | From Creators - Pen-Online
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