Saturday, July 31, 2021

逃亡者の社会学 アメリカの都市に生きる黒人たち アリス・ゴッフマン著 亜紀書房 2970円 : 書評 : 本よみうり堂 : エンタメ・文化 : ニュース - 読売新聞

 本書が指摘するのは、ブラック・ライブズ・マター運動に連なる重大な問題だ。米国は国際的に類のない刑罰制度をもち、暴力犯罪や麻薬に関する取り締まりと監視が徹底され、容疑者の恋人を暴行したり家を破壊したりするなど過剰な方法で捜査が行われている、と著者は言う。不平等な構造が再生産され、黒人が過去に勝ち得た公民権が奪われようとしている。

 著者は、フィラデルフィアの黒人居住地区のひとつ、六番ストリートで6年にわたって調査を実施し、そこで暮らす「逃亡者のコミュニティ」を綿密に描きだした。警察から逃げ回り、拘置所を出たり入ったりして保護観察や仮釈放の期間を満了しようとする若者たち。当局が呼び止め、身元照会などをした場合に逮捕される可能性がある者たちは身元を隠そうとし、結果、仕事に応募したり、携帯電話を購入したり、病院に行ったりといった日常は手の届かないものとなる。

 何より重要な点は、当局の取り組みが、この地域全体を「逃亡者のコミュニティ」に変えることだ。警察は、逃亡者の家族や恋人、友人に「垂れ込み」をさせるべく、「養育権を 剥奪はくだつ する」などの脅しをしたり浮気の証拠をみせて逃亡者への信頼を失墜させたりする。口を割らず逃亡者を助ければ、仲間うちの評判は上がるが、自身の立場を危うくする。人々は時として巧みに警察や刑務所を利用することもある。だが誰かが口を割るのではないかという恐怖と疑念、葛藤はコミュニティの絆を分断し、過剰な取り締まりは、地下経済に固有の需要も生む。

 高い評価と賛辞を受けた本書は、その後、著者の調査中の非合法的活動への関与やデータの有効性などの疑義により疑惑の書となった。真偽は不明なままだが、私は調査対象者の世界に深く分け入って彼らの視点を身体化し、自らの世界へのまなざしの変化に戸惑い葛藤した著者に共感を抱いた。ソーシャルメディアを通じて正義を唱えることが軽くなった時代、異質な他者の世界に徹底的に身を置くことの根源的な倫理性を本書は問いただしている。二文字屋脩、岸下卓史訳。

 

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