[ストックホルム/ロンドン 21日 ロイター] - COVID-19(新型コロナウイルス感染症)によるロックダウンで離ればなれの状態が続く中、ミュージシャンたちは何とか一緒に演奏活動をしようと知恵を絞ってきた。オンライン接続におけるミリ秒単位での遅延を解消しようとテクノロジー企業と手を組んだことで、音楽の領域を越えた技術革新が加速している。
演奏者と聴衆が切り離されている今、共にライブ演奏を楽しむという体験を再創造するため、演奏する音と耳に届く音の遅延、いわゆる「レイテンシー」の抑制に向けて、ミュージシャンと技術者とが一体となった努力が続けられている。
サンフランシスコ・オペラが、ロッシーニの歌劇「セビリアの理髪師」のリハーサルで使ったのは、「アロハ」と呼ばれるデバイスの試作品だ。ストックホルムに本社を置くElkが、スウェーデンの通信機器大手エリクソンと英ボーダフォン・グループ、そして米ベライゾン・コミュニケーションズと提携して開発した製品である。
ポケットに入るほどの大きさのデバイスだが、2人の演奏者がテンポを合わせて演奏することが困難になる約600ミリ秒の遅延が、このデバイスによって約20ミリ秒に短縮される。これなら、同じ部屋で演奏しているのと変わらない。
ソプラノ歌手のアンヌマリー・マッキントッシュさんは、「テクノロジーがここまで進んでいるのは衝撃的だった」と語る。彼女が出演するこの舞台はソーシャルディスタンスを保ったドライブイン会場で開演する。
喉からの感染を恐れる歌手たちは、条件の良い時期でも潔癖症になりがちだ。だからこそ、パンデミック下であるかどうかに関わらず、「アロハ」のようなテクノロジーは魅力的に映る。
「別々の場所にいてもリハーサルができる。しかも安全で、誰かに病気をうつす可能性を気にする必要はない」とマッキントッシュさんは言う。
「アロハ」のような革新的な技術は、既存のインターネットのインフラでも使えるが、4G(第4世代)無線ネットワークに比べ10ー20倍の通信速度が期待される高速通信規格5Gの普及により、さらに劇的な進歩が加速される可能性がある。
<ほんの序章>
ベライゾンやエリクソンといった企業は、5Gの活用により幅広い産業におけるレイテンシー問題の克服をめざしている。いくつか例を挙げるだけでも、遠隔手術、自律走行車、ゲームや仮想現実といった分野が恩恵を受ける可能性は高い。
ベライゾンのニッキ・パーマー最高製品開発責任者は、「このテクノロジーがもたらす変革という点では、まだほんの序章にすぎない」と語る。
サンフランシスコ・オペラのマシュー・シルボック総監督は、テクノロジーのおかげで、まもなく幕が上がるロッシーニの作品でより実験的な試みを取り入れ、舞台裏の環境をセットの一部として取り入れることが可能になったと話す。
ステージ上にいなくても歌手たちが共に歌うことができ、聴衆がどこにいてもいいとなれば、どれほど遠方にいる観衆でも、リアルタイムでライブに関わり、パフォーマンスを盛り上げられる可能性が出てくる。
シルボック氏は、「デジタル・コンテンツを軸に高まってきた、新たな渇望感、新たな好奇心があるのだと思う」と語る。
Elkの創業者は、伊クレモナの専門学校で訓練を受けたバイオリン製作者のミケーレ・ベニンカーゾ氏。ミュージシャンを他のプロフェッショナルたちと同じ様にデジタルで接続するという夢を抱いて、6年ほど前にストックホルムの地下室で仕事を始めた。
「パンデミックが私たちに教えてくれたのは、音楽、そしてミュージシャンはデジタルの世界に移行すべきときだ、ということだ」とベニンカーゾ氏は語る。「まったく新しい方法で音楽のファン層と関わっていくのが最終的な目標だ」
<遠隔手術も>
多くのミュージシャンは満員のコンサートホールでの演奏に戻ることを強く願っているが、ベニンカーゾ氏は、同じ部屋にいた場合の演奏と同程度にレイテンシーを抑えることのメリットは、COVID-19によるロックダウンが終った後も長く意識されるだろうと話す。
たとえば、長距離の移動がなくなることで二酸化炭素排出量も予算も削減でき、ドラマーはレコーディングセッションのために山のようなセットを運ぶ必要が減り、観衆もこれまでにない形でプロのミュージシャンと共に演奏できるようになる。
ベニンカーゾ氏は、クラシック音楽以外の分野のメジャーなバンドとも協力していると言うが、秘密保持契約のためにバンド名は明かせないとしている。
同氏はサンフランシスコ・オペラによる実験のおかげで、「アロハ」を10月に一般発売するメドが立ったと話す。
音楽以外に5Gの活用による革新を早くから実現できる可能性が高いのは、娯楽・エンターテイメント分野だ。アミューズメントパークやショッピングモールでは、低レイテンシーのネットワークを使って来場客に拡張現実体験を提供できるかもしれない。
開発担当者がさらに先を見据えて目標としているのは、外科医師が患者から遠く離れた場所からロボットアームを使った手術を行えるくらい、レイテンシーを十分に低く安定させることだ。
こうした場面においては、ほんの一瞬でもレイテンシーが高まり情報の遅延が大きくなれば、生死を分けるトラブルになりかねない。
エリクソンのテクノロジー・オフィス・シリコンバレー部門を率いるヤン・ソダーストローム氏は、「重要な操作を行っている最中に(レイテンシーの)急な変化が起きてはならない」と話す。
また、こうしたテクノロジーのコストをどう賄うかという問題もある。恐らく、タイミングが非常に重要になる外科医師やミュージシャンは、安定した低いレイテンシーを保障されるのと引き替えに追加料金を払うという形になるだろう。
ソダーストローム氏は「まだ実現はしていないが、私たちが予測するモデルであり、この道に進んでいく」と語る。
(翻訳:エァクレーレン)
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