[18日 ロイター] - 世界は破滅的な気候変動を避けるために十分なスピードで二酸化炭素(CO2)排出量を削減できていない――。こうした真相が徐々に明らかになるとともに、何年もそれほど注目を浴びてこなかった「直接空気回収(DAC)」と呼ばれる、大気中からCO2を回収する技術に光が当たり始めている。
米政府はこの技術の普及を先導しようと、DACによってCO2を回収するプラントの建設に35億ドルの助成金を交付する制度を設け、税控除枠をトン当たり180ドルに拡大した。
こうした公的支援の規模は他の国や地域とは桁違いで、ボストン・コンサルティング・グループの見積もりでは、米政府が電気自動車(EV)の需要促進に振り向けた120億ドルの支出にも匹敵する。例えば英国がDACの研究開発に約束しているのは最大でも1億ポンドに過ぎない。
この制度の応募入札期限は3月13日だったが、米政府や幾つかの企業はまだ申し込み状況の詳細を公表しておらず、ロイターによる取材でこのほど初めて全体像の大部分が明らかになった。米エネルギー省は、夏にも落札者を発表する見通しだ。
いずれにしても気候変動の深刻化や、温室効果ガス排出量削減の取り組みが不十分にとどまっている実情により、CO2の回収が最も喫緊の課題として浮上してきた。国連の科学者は、世界の平均気温上昇幅を産業革命前に比べて摂氏1.5度未満に抑えるという国際的な目標達成のためには、大気中から年間で数十億トンものCO2を取り除く必要があると試算している。
その大半は植樹拡大や、土壌のCO2吸収力向上といった対策で賄われるとしても、DACのような恒久的な回収手段も不可欠になる。
ただDACを巡る課題は山積している。
現在まで世界最大規模のプラントが年間に回収できるCO2はわずか4000トンで、費用は高い。専門的な人材の確保は難しく、クレジットの買い手候補となる企業はおおむね様子見姿勢のまま。この分野での石油企業が果たす役割には疑念が持たれ、プラント建設に際しては今まで巨大なエネルギープロジェクトで痛手を受けてきた地域社会の支援も得ることが必須だ。さらにCO2をずっと貯留し続けなければならない。
それでも米政府は、助成金制度を「てこ」にして4カ所のプラント建設を後押ししたい考え。また州政府や連邦政府、企業、投資家など20人の関係者に話を聞いたところでは、第1次ラウンドにおいて少なくとも9件の応募があった。
この制度は3段階、つまり事業可能性調査に300万ドル、設計に関する調査に1250万ドル、資材調達と完成、稼働の局面が整っているプロジェクト向けに最大5億ドルがそれぞれ提供される。
DAC分野でこれまで最も積極的に動いている企業の1つがスイスのスタートアップ、クライムワークスだ。既に8億ドル強の資金を調達し、シンガポールの政府系ファンドGICが出資している。
今回の米政府の入札では、ルイジアナ、カリフォルニア、ノースダコタという3カ所のプラント建設に応募。クリストフ・ゲバルト最高経営責任者(CEO)は、どのプラントも米政府の目標である年間100万トンの回収能力に達する可能性を秘めているとの見方を示した。
クライムワークスは現在2桁台前半の従業員を向こう1年半で100人余りに増強する方針で、落札できた場合は2030年までにこの3カ所のプラントで3500人の直接雇用と数万人の間接雇用を創出できるという。
しかしゲバルト氏は、人材集めが大きな課題だと指摘。「今後30年でどこからこれらの専門家を獲得するのか。DACに関する大学の教育プログラムも存在しないのに」と頭を抱える。
ゲバルト氏によると、年間100万トンの回収能力を持つプラント建設の費用はあっという間に数十億ドルに達する。同社は3件の入札の成功状況次第で資金調達に乗り出す可能性があるが、実際に市場に復帰するのは来年以降になる公算が大きい見通しだという。
米政府の入札には、スタートアップ企業のカーボンキャプチャーも応募している。同社は別の2社と提携し、回収したCO2を利用して持続可能航空燃料(SAF)を製造する、とジョナス・リー最高商業責任者がロイターに語った。
リー氏は「この業界は目下のところは足場が弱いが、全てが正しい方向に進んでいる。われわれは大気中から相応量のCO2回収を始めなければならない。いずれそれが、企業の炭素クレジット購入を一層活発化させ、州や知事対政府も加わるという好循環につながると期待される」と述べた。
<石油業界の関与>
DACは将来的には、数兆ドル規模の巨大産業に発展する可能性がある。このため化石燃料の需要がこの先弱まると懸念する石油業界が、次の成長が見込める分野としていち早く参入し、有利な立場を得ようとしているのも驚くに当たらない。
例えばオキシデンタル・ペトロリアムは、同社が計画する世界最大規模のDACプラントは米政府の支援を受けるための好条件が整っていると表明している。実際に同社がテキサスで進めている2件のプロジェクトについて、米政府の入札に応募したかどうかはコメントを避けた。
石油会社はCO2回収について、古い油田にCO2を注入し、その圧力で油田に残った石油を取り出す一方、CO2を地中に貯留するという技術でずっと先行している面もある。
ただ、この技術には否定的な声も聞かれる。DACのコンサルティングを手がけるカーボン180のエグゼクティブディレクター、エリン・バーンズ氏は「DACの成功という意味で本当に大事なのは、過去の遺物としての温室効果ガスを取り除くという点にあり、化石燃料の利用継続という話ではない。われわれは化石燃料生産と結びつかないプラントを目にすることを望んでいる」と訴えた。
<多大なコスト>
ほとんどのDACの過程では、CO2を吸着するために液体か固体が利用され、その後熱処理などでCO2を抽出し、地中に埋める。
しかし、これらの作業やプラント、パイプライン、貯留施設の稼働に使うエネルギー費用は高額なため、今の世界が許容できるコストで地球の気候に好影響を及ぼせるほどの規模の設備を普及させられるかどうかはまだ分からない。
さまざまな技術処理を通じて、1トンのCO2を回収・貯留する費用は1000ドルを超えてもおかしくないが、米政府はこれを100ドルに下げることを目指している。
クライムワークスとともにルイジアナのプラント建設に応募したカリフォルニアの企業ヘアルーム・カーボンは、この政府目標を現実的と考えている。一方カーボンキャプチャーはロイターに、同社はトン当たりの回収・貯留費用が30年までに250ドル、向こう10年内に150ドルに圧縮されるとの想定を示した。
コストを押さえながら気候変動に歯止めをかけるというのはつまり、ファストフード店のように何回でも同じ形式で簡単に複製できるプラントを設計することだ、とオキシデンタルに技術を提供しているカーボン・エンジニアリングのダン・フリードマンCEOは解説している。
(Susanna Twidale記者、Valerie Volcovici記者、Simon Jessop記者、Peter Henderson記者)
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