帰ってきた「玉手箱」
「ただいま。はやぶさ2は帰ってきました。私たちは玉手箱を舞い降ろすことができました」
2020年12月6日。カプセルを無事、地球に帰還させたはやぶさ2。
JAXAの津田雄一プロジェクトマネージャは、「100点満点で1万点」と6年およそ52億キロの旅を笑顔で総括した。
多くの感動を呼んだこの偉大な小惑星探査機の軌跡を、この年末、改めて振り返りたい。
この記事の画像(12枚)さあ帰還だ その矢先、地球では…
「7つの世界初」を成し遂げたはやぶさ2は、2019年11月13日、小惑星リュウグウを出発し、地球への帰路に就いた。
イオンエンジンを噴射し、軌道を乗り換えながら、気の抜けない運用が続いた。
そんな中、はやぶさ2が目指す地球では、新型コロナウイルスがもたらす未曽有の事態に。日本でも、3月から4月にかけ感染が拡大。全国に緊急事態宣言も出された。
JAXAも、未知のウイルスとの対峙を余儀なくされ、一時ははやぶさ2の帰還延期も検討されたという。
1,2年先に帰還を延ばすことは、技術的に可能であったが、計画通りオーストラリア・ウーメラに着陸できるかなどさまざまな課題があった。
また、何より、この先、新型コロナが収束するかどうか不確定な状況が続くこともあり、宇宙研やJAXAで議論が行われた結果、予定通り12月の帰還を決断したということだ。
次の旅の目的地が決定
はやぶさ2が地球へ着実に近づいていた9月には、次のミッション(拡張ミッション)の目的地が決定した。
「1998KY26」という名もなき小惑星である。地球と火星の間にあり、リュウグウよりはるかに小さい、直径およそ30メートルの惑星。およそ10分に一回というペースで高速自転をする星だ。
このような小さな星を近くで観測することは、太陽系の成り立ちの解明はもとより、近年関心が高まっているプラネタリーディフェンス(小惑星衝突などの「宇宙からの天災」に備えること)にも多くの示唆を与える。
最終誘導・カプセル回収班出発
イオンエンジン運用も無事終了し、10月には、帰還に向けた最終誘導が開始される。
はやぶさ2に搭載された化学エンジンを使い、極めて精密に軌道を修正していく。この精密な軌道修正は、地球から22万キロ地点で、カプセルを投下する直前まで行われるのだった。
11月に入ると、いよいよカプセル回収班が日本を出発する。先発隊と後発隊にわかれ、オーストラリア・ウーメラにはJAXAなどの73人の回収班が入った。
新型コロナウイルスの影響で、必要な人員に絞ったうえでの現地入りだった。
カプセル回収作戦やガス採取
着地予想エリアは、150キロ×100キロの広範囲にわたる。
この広い広い砂漠地帯で、直径およそ40cmと中華鍋のような形をしたカプセルをどう見つけるのか。
まずは、夜空に一筋の光となって現れる予定のカプセルを光学観測し、軌道を読む。
カプセルは高度10キロ地点でパラシュートが開くと、ビーコン信号が出る。これを捉えるべく着地予想エリアを囲むように5つのビーコン探査局が配置され、着地点を予測する。ピーコンを地上やヘリで受信し、カプセルに迫っていく。
もしも、カプセルから信号が出なかった場合に備え、JAXAは、ビーコン信号を用いずに探索できる船舶用のレーダを4か所に配備。こちら側からカプセルに向け電波を発信し位置を特定する。
さらに、ドローンも用意。上空から画像を撮影・解析して、着地点を特定する―このような万全の態勢で、カプセル回収作戦が展開される。
また、カプセル内にリュウグウのサンプルからガスが発生すると想定されるため、現地オーストラリアでは、ガスの採取装置も本部に持ち込まれ、いよいよ帰還を待つばかりとなった。
地球帰還へ 記者たちも緊張の3日間
「直径数百メートルの細いチューブの中を飛行している」。
津田氏は、分離前日の12月4日に行われた会見で、軌道制御が極めて順調であることを報告した(この結果、カプセル帰還のスケジュールが、秒単位で算出されていたのには、驚いた)。
津田氏は、「カプセルが戻ってくることは人類史上そうないこと。準備は万端」と来るべき運命の瞬間に思いをはせていた。
分離当日の12月5日。はやぶさ2は、分離後すぐに、地球を逃れる軌道に入るという、カプセル分離と同じくらい重要な仕事が残っていた。
分離してすぐに軌道を変更できなければ、そのまま地球の大気圏に突入し、お星さまになってしまう。
この日は、JAXAの相模原キャンパスで、午後1時半から、分離の瞬間を見守るライブイベントが行われ、各メディアの記者らが、固唾をのんで「その時」を待っていた。
分離予定は午後2時半(日本時間)。管制室はモニターでつながっていて、運命の瞬間に向けて引き締まった表情のミッションメンバーの姿が確認できた。
予定時間を迎え、記者たちに緊張が走る。
だが、分離されたかはすぐにはわからない。分離を示す4つのデータの確認ができた時点で、カプセルが地球にむけ投下されたかが宣言されるのだ。
ミッションメンバーは各持ち場で確認に入り、じりじりとした緊張感は最高潮に高まった。
5分ほど待っただろうか、突然、管制室の津田氏が立ち上がって、何かを言うと、一斉に拍手が起こった。ハイタッチのかわりに「腕タッチ」をして喜ぶメンバーも。
データが確認され、分離は成功したのだ。
喜びもそこそこに、はやぶさ2は、軌道変更の仕事に移る。分離確認後まもなく、3段階にわけてエンジンを噴射し、地球から離れるTCM-5と呼ばれる最後の軌道修正だ。
16時半すぎ、はやぶさ2にとって、一区切りとなるこの仕事の成功が宣言されると、管制室は再び歓喜の渦となった。
チームの面々からは「いや~よかった」「(コロナ禍で)握手したらおこられちゃうな」なんて声もきかれたが、しっかり握手を交わし、これまでの苦労が報われた瞬間を分かち合っていた。
当日、会見場で技術解説にあたったJAXAの久保田孝統括チーフエンジニアは「完璧な運用」とカプセル分離・最後の軌道修正を成功させたチームを称賛した。
光が見えた!「火球」となって地球へ
その後、カプセルは、12月6日午前2時28分27秒ごろ、大気圏に突入する。
非常に明るく輝いて火球のように見える「火球フェーズ」がおよそ10数秒ほど続いただろうか。
オーストラリア上空で捉えられた「火球カプセル」の映像は、非常に美しく、管制室からも「おーっ」というどよめきが起きていたのが印象的だった。
カプセルからの信号がなくなり、着地が確認されたのは、午前2時54分。ほぼ予定通りに地球に到着したことになる。
回収班は、まもなく、着地点の特定に着手し、午前3時7分には着地点を特定。
カプセルの着地は、明るくなってから、目視をもって正式確認とする、ということで、われわれもいったん午後の会見に向けて、休憩に入ろうと思っていた矢先、午前4時47分に、ヘリコプターの探索によりカプセルが発見された。
このスピード感にも驚いたことを思い出す。とにかく驚きの連続だった。
カプセル回収作業は、午前6時23分から始まり、およそ1時間10分後に完了。現地本部にカプセルが搬入されたのは、午前8時3分のことだった。
カプセル回収作戦、大成功である。
回収コソコソ話
自然の話
現地オーストラリア・ウーメラ、昼間はハエの大群が襲来、夜は蛾に恐怖する過酷な環境。
気温の話
船舶用レーダで方向探索をする係(MRS)では、よりにもよって、屋外作業が多くなる機材設置をする2日間が最も気温が高く、なんと、47度!屋外作業もこうなると命がけ。
一方で、夜間に光学撮影をする係(GOS)は、太陽が沈むと急速に冷え込む寒さに悩まされる。
練習の話
ビーコン信号から方向探索する係(DFS)は、日本で優に10回以上ものリハーサルを重ねたという。本番での過酷な暑さも想定した訓練も行っていて、本番は、練習と何も変わらない時間の流れで作業が進み、「練習よりも本番の方が簡単だった」というのがメンバーの率直な感想だったそうな
はやぶさ2が「持ってる」話
大気圏突入当日、ウーメラは強風で雲多く、観測に懸念がある状態だったが、30分前になると、空がにわかに晴れ渡り、風は弱まり、絶好の条件になったとのこと。
初代の借りは返した!ミッション「完全完遂」
2014年12月3日13時22分04秒、種子島宇宙センターから打ち上げられたはやぶさ2。
総飛行時間2194日13時間32分ほど、総飛行距離52億4000万キロ。
初代はやぶさも成し遂げられなかった「無傷」でのサンプルリターン成功。
「初代で学んだすべてをつぎこんだ」。
津田氏は「初代の借りを返した」と世界初のサンプルリターンを達成した初代はやぶさに敬意を表しながら、初代が切りひらいた惑星間飛行をはやぶさ2が「完成させた」と成果を強調。「太陽系の歴史を手に入れた」と高らかに語った第2回タッチダウン成功時の「100点満点で1000点」を超える「1万点!」と採点、6年におよぶ長旅をねぎらった。
カプセルは直ちに日本に運ばれた。
12月8日午前7時すぎに、羽田空港に到着したカプセル。
午前10時半すぎに、相模原キャンパスにトラックで運ばれ、午前11時半ごろ、研究棟内へ搬入された。
カプセルの開封作業は相模原到着後ただちに行われた。地球の空気と触れないよう慎重に作業が行われ、12月14日、ついにカプセルコンテナの底からリュウグウの砂が見つかった。
はやぶさ2のサンプルリターンミッションが「完全完遂」した瞬間だった。
さらに、カプセルを詳しく調べたところ、サンプルが入る「サンプルキャッチャー」内におよそ5.4グラムの「砂」が入っていることが判明。
当初目標の0・1グラムをはるかに上回る「大漁」で、今後行われる本格分析に向けて、期待が高まっている。
また、オーストラリア現地本部で採取されたガスも、リュウグウ由来と判断された。
ガスのサンプルリターンは、初代もなしえなかったもので、はやぶさ2の「世界初」がまたひとつ増えたのだった。
はやぶさ2 またね
はやぶさ2は、上述の通り、早くも「1998KY26」に向かう新たな旅に出た。到着は2031年7月を予定しているという。
再び、地球に近づくのは2027年12月ごろだ。
新型コロナウイルスの話題に終始した感のある2020年。どこか閉塞感を覚える毎日に、はやぶさ2のニュースは、世界中に大きな感動をもたらした。
それはなによりはやぶさ2が困難にぶつかっても常に「挑戦」を忘れなかったからだ。
そして、私は、それを可能としたミッションチームの絶え間ない努力に敬意を表したい。
次に、はやぶさ2に会うころ、私たちはどうしているだろうか。穏やかな日常を取り戻しているだろうか。
忘れてはならないのは、コロナが蔓延した2020年という年に、はやぶさ2という日本の小惑星探査機がカプセルを人類に届ける偉業を成し遂げたこと―この年は、悪いことばかりじゃなかったんだと、ここに、その偉業のかけらを記録したい。
執筆:文部科学省担当 金子聡太郎
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